『白い砂のアクアトープ』はもともと三分割だった? infinite 永谷敬之氏が語る制作秘話

TVアニメ

2021年7月からスタートし、12月に全24話の放送を終えたTVアニメ『白い砂のアクアトープ』。
監督・篠原俊哉、シリーズ構成・柿原優子、制作・P.A.WORKSという『凪のあすから』『色づく世界の明日から』のスタッフ陣が手掛けた本作は、閉館寸前の水族館の館長代理を務める海咲野くくると、東京で夢を諦め行き場を失っていた少女・宮沢風花の絆や葛藤、そして成長の様子が水族館での仕事を通じて描かれる青春群像劇だ。

今回は本作のプロデュースを担当したinfiniteの永谷敬之氏にインタビューを実施。このオリジナルアニメがどのように生まれたのか、プロデューサー目線でアニメをどのように見ていたのかを伺った。

『色づく世界の明日から』でピークに達した熱量を維持したままスタートしたのが『白い砂のアクアトープ』

――本日はよろしくお願いします。『白い砂のアクアトープ』の放送終了から1ヶ月が経ちましたが、現在のお気持ちはいかがですか?

もともと企画が始まったときから「沖縄を舞台にしたい」という思いがあって、それを実現できたこと、そしてファンの方々からたくさんの感想をいただけたことには満足しています。
その一方で、企画を立ち上げた当時は新型コロナウイルスが流行する前のことで、あのころは「あわよくばファンの方が沖縄に遊びに行ってくれたら」とも思っていたんです。これはなかなか叶うのが難しい状況になってしまい、歯がゆい思いですね。逆に言うと、アニメは終わっても作品として、まだまだできることはあると考えています。

――やり残したというと、例えばイベントとか。

そうですね。協力していただいた沖縄県南城市の方々や、水族館の皆さんに対してお返しできることもあるのでは、と思っています。

――そもそも、なぜ沖縄を舞台にしようと考えたのでしょう。

まず、水族館というテーマは早い段階から話し合いで決まっていて、どこを舞台にしようと考えたとき、もっとも親和性が高かったのが沖縄でした。沖縄以外の候補があったかというと、確かなかったと思います。
大変だったのはその後、ロケハンのタイミングですね。ロケハンが必要な時期にはコロナの影響も大きく出ていて、必要最低限の人数で行くだけでした。それも、事前にGoogle Mapで場所を見て、そこを確認する作業のみでした。

――本作では篠原俊哉監督やP.A.WORKSをはじめ、「色づく世界の明日から」「凪のあすから」のスタッフが揃っています。

スタッフに関しても初期の段階から決まっていました。篠原監督とスタジオのP.A.WORKS、あとは脚本の柿原優子さんでプリプロが始まったのを覚えています。
プロデュースする側からすると、このスタッフ陣であれば美しく描いてくれるだろうという安心感があったのは間違いありません。沖縄のカラフルな町並みや青い空、白い雲といったイメージは監督もイメージしていましたし、こちらから注文をつけるようなことはほぼありませんでした。

――もはや全幅の信頼ですね。

意見のやり取りをキャッチボールと表現することもありますが、僕は言い合うことだけがキャッチボールではないと思うんです。ときには、あえて投げず、あちらが作ってくれるものを見守ることもキャッチボールだと思うし、それができる関係性が彼らとの間にはあるんです。僕たちの求めるものを、自然と作ってくれるというか。

――このスタッフ陣の魅力って、あえて言語化するとどういったところにあると感じますか?

篠原監督に関しては非常に高い熱量を持った人で、違うと思えばはっきり違うと言ってきます。とにかく誠実に作品と向き合うのは大きな魅力ですね。監督とほかのクリエイターのやり取りを見ていても、師弟関係というか、仕事だけでなく人としての関係を築ける人です。

柿原さんは優しい文章を書くという第一印象で、それは今も変わっていません。例えば『白い砂のアクアトープ』の副館長とか、厳しい性格のキャラクターが出てきても、いかにしてオブラートに包むか、その上で伝えたいことを書けるかを考えてくれます。
キャラクターデザイン・総作画監督の秋山有希さん、美術監督の鈴木くるみさんも以前から作品に参加しているスタッフで、母性的なデザインを心がけてくれる方々です。沖縄のカラフルな雰囲気は、一歩間違えると目が痛くなってしまいそうなところを、優しい色使いにしてくれました。

『色づく世界の明日から』のころはまだまだ手探りでしたが、終盤にはそれぞれが理想とする表現ができるようになったと感じます。ただ、『色づく世界の明日から』は1クールだったため、表現力がピークに達したところで物語も終わってしまいました。そんなスタッフの熱量を維持したままスタートできたのが、今回の『白い砂のアクアトープ』だったと思います。

お仕事ものとしては『SHIROBAKO』より『花咲くいろは』に近い

――物語に目を向けると、沖縄の風景だけでなく仕事の辛さにもスポットライトが当たっていたと思います。

水族館をテーマにするのは最初から決まっていた一方で、「水族館でなにをやるのか」は決まっておらず、仕事を描くのは段々と決まったことです。水族館などのテーマパークは非日常を味わえる場所で、そもそも裏側を知りたい人はいるのか、とも考えました。水族館の仕事を描くにしても、どこまで描くかはかなり議論したのを覚えています。

――infiniteやP.A.WORKSが携わった作品だと、『花咲くいろは』『SHIROBAKO』も仕事がテーマでした。過去の作品と今回とで、仕事の描き方に違いはありましたか。

例えば『SHIROBAKO』だとあおいが様々なトラブルに対して、どう判断するかが中心に描かれており、一般のサラリーマンにも共通する部分があると思います。

今回の『白い砂のアクアトープ』だと、特に前半はくくるが館長代理という特殊なポジションにいます。その影響もあって、くくるが能動的にストーリーを引っ張っていく構造になっているんです。
これは『SHIROBAKO』とは大きく異なる点で、どちらかというと『花咲くいろは』に近いですよね。物語が動くきっかけは、大半が「緒花がどうしたいか」でしたから。

ただ、ファンの声を聞くと『SHIROBAKO』を連想する方も多かったみたいですね。後半に舞台がティンガーラに移ってからはさまざまな部署が登場しますし、『SHIROBAKO』のセクションごとの悩み、葛藤に通じる部分があったのかもしれません。対して『花咲くいろは』は主要キャラクターが全員仲居さんで、立ち位置に大きな違いなかったですからね。

――前半は「がまがま水族館」、後半は「アクアリウム・ティンガーラ」と、2つの水族館での仕事が描かれます。前半と後半で舞台を分けた理由はなにかありますか?

これはいろいろなアイディアがあって、結果的に二分割で物語を描くことになりました。以前は三分割にして、中間にくくるの出稼ぎ編を挟む案もあったんです。一旦沖縄を離れて、東京の水族館で経験を積むパートですね。

実現しなかった出稼ぎ編も含めて、すべてのパートに言えるのは明確なステップアップを描くことです。
ラストまで見た人は「くくるは飼育員に戻らないんだ」と思った方もいると思いますが、やりたいことをやるだけがステップアップではなくて、シチュエーションの変化や、求められることの変化もステップアップだと考えたからなんです。

――3つ目のパートというのが実現したら、後半はまた違ったストーリーになっていたかもしれませんね。

そうですね。「がまがま水族館」を閉じるとなったとき、くくるはどうやって受け入れるかが前半の大きなポイントでした。がまがまを続けるのは難しいと察したときの決断、ティンガーラで飼育員に戻るかの決断にも変化があったでしょうし、二分割ならではの成長の描き方になったと思います。

――同じくメインキャラクターの風花はどのように描こうと考えていましたか。

風花の前職って、多くの人に見てもらうという意味で、水族館でいう魚たちなんですよ。それが運営する側に回るのは、転職として難しい選択をさせたなと感じています。分かりやすく、メリハリの効いたキャラクターとも言えますね。

とはいえ風花自身は魚の知識もない状態で飛び込んできたので、視聴者と同じ立場でもあります。これも狙いの一つで、なにも分かっていないポジションに置くことにより、なぜ彼女はこうなりたかったのか、彼女は何を考えているのか、見る人に感じ取ってもらいたかったのです。

僕自身、脚本を考える段階では「アイドルを辞める理由ってなんだろう」とか、かなり考えました。感情移入をしてもらいたいキャラクターの最先鋒だと考えていたから、いかにして地に足がついていると見られるか、その一点に注力していました。…ちなみに、風花ってどう見えました?(笑)

――逆質問ですか(笑)。そうですね…舞台がティンガーラに移り、くくるが四苦八苦するなかで風花は淡々と仕事をこなしているように見えました。それはやはり技術だけでなく根性があるというか、メンタルが強いというか、そういう人物像に見えましたね。

そう見てくれたなら正しい方向で描けたのかな。アイドル時代はマネージャーがやってくれたことも全部1人でやらなければいけない。乗り越えなきゃいけない壁が多かったはずなので、我慢強さは間違いなくあるんですよ。視聴者の方々もシチュエーションは違えど、共感できる部分はあったのではないかと期待していました。

――ちなみに、1クール目と2クール目で大きな展開を見せる作品だと、僕は真っ先に『凪のあすから』を連想しました。こういった展開が好きなスタッフがいたりするのでしょうか。

プロデュース側で意識したことはないですけど、監督は好きなのかもしれないです。『色づく世界の明日から』も、60年後と60年前という2つの舞台が用意されていましたし。場面転換をストーリーに活かすのは、潜在的な得意分野なんでしょうね。

『白い砂のアクアトープ』はもともと、仮タイトルとして『海の遙かなティンガーラ』と名付けられていたんです。これは結果的に13話のサブタイトルになりましたけど。この仮タイトルからも、最初期からがまがまからティンガーラに移ること、大きな場面転換が起こることは決まっていたことが分かりますよね。
だからこそ、作り終わった今は「ティンガーラに行かなかったキャラクターたち」というのも見てみたいですけどね。

――確かに、「がまがま水族館」の時点でキャラクターは多いですし、違った人生を見るのも面白そうです。

キャラクターが多いという観点では『SHIROBAKO』に通じるものがありますよね。これは『凪のあすから』『色づく世界の明日から』と違って、ファンタジーな出来事がほとんど起こらないことも理由としてあります。不思議な力でキャラクターをあとから増やせないので、あらかじめ多めに配置したのです。

――キャラクターという点では、個人的に副館長も強烈な個性があったと感じました。

今の時代だと、彼がやってることはパワハラになると思うんですよ。その一方で僕みたいな40代の世代には、こういう人って確実にいたんです。彼の行動を容認するつもりもないけど、憎まれつつも仕事の厳しさをくくるに伝える役目は必要だったので、配置することにしました。ファンからの意見を見ても「このキャラ辛いです」と言われることもありましたね(笑)

愛されキャラになることは決してないけど、くくるの企画書を受け入れる一面もあったり、全体を見てもらいたいキャラクターですね。
副館長だけでなく、仕事に対する向き合い方がさまざまなのは本作の特徴です。シングルマザーの知夢や、環境協会から転職してきた夏凛、実家で働く月美もいます。彼女たちはみな、若いなりになにがやりたいか、自分で判断しているんです。

――これだけキャラクターが多いと、どう動かすか考えることもあったのでは。

個人的には獣医の竹下先生は、ストーリー上でどう機能するのか悩んだところでした。獣医という職業、また妊娠しているという設定であり、生き死にを扱うことになるからです。
生き物がいる水族館である以上、避けては通れないし、かといってドラスティックに扱うのも違う。デリケートな問題の中、竹下先生の妊娠をどうやって物語に組み込むかは脚本会議でかなり難航したところです。

――もうひとつ、作中にはキジムナーも度々登場しましたが、どういった役割をもたせていたのでしょう。

沖縄って、シーサーもそうだし、独自の文化があるじゃないですか。そういった文化をどこかに入れたかった思いがあったのです。
『凪のあすから』『色づく世界の明日から』と比べると現実的な世界ですが、ファンタジーの要素も入れる余地はあったと思うんです。ただ、不思議な力で水族館の問題を解決してしまうと、お仕事ものとしては成立しない。その中で、がまがまが特別な存在である、その象徴としてキジムナーを登場させることにしました。

――最終話ではキジムナーがティンガーラに現れる演出もありました。これは新しくできたティンガーラをキジムナーが認めたのを表現しているのかなと感じました。

そう取ってもらえると嬉しいですね。どんな世界でも妖精や神様は良いところに行くと思うんです。ティンガーラが認められたという見方は間違ってないと思います。

――なるほど、分かりました。それでは冒頭でもお話があったとおり、アニメは終わっても作品としての展開はまだまだ考えているということで、今後も期待しています。

そうですね。沖縄は行くとなると大変ですけど、実際に足を運ぶと楽しいんですよ。そんな楽しい思い出をスタッフやキャスト、ファンの方々と作れるよう頑張りたいです。

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