『江戸前エルフ』安齋剛文監督インタビュー エルダのノリの良さ、小柚子の汗、最終話のBパート…描きたかったポイントに迫る

TVアニメ

2023年4月に放送がスタートし、先日最終回を迎えたTVアニメ『江戸前エルフ』。本作は、東京都中央区⽉島の「髙⽿神社」を舞台に、ご神体のエルフ・エルダと、巫女の⼩⾦井⼩⽷を描いた下町コメディだ。

今回は、本作で監督を務めた安齋剛文氏にインタビューを実施。好評の中で放送を終えた作品について、原作のこと、キャラクターのこと、ストーリーのこと、さまざまな質問をぶつけ、制作を振り返ってもらった。

エルダを通して描こうとした、諦めに対する抵抗

――本日はよろしくお願いします。まず、安齋監督が『江戸前エルフ』に携わることになった経緯から振り返っていただけますか。

2021年の春ごろですかね。C2Cのプロデューサーの山田さん(山田良輔氏)から電話があって、『江戸前エルフ』というコミックをアニメ化する話があると言われたんです。そこで「監督に推薦していいですか?」と言われて。
私自身はそのタイミングでコミックを読ませてもらって、とても面白かったので、ぜひとお返事しました。

――原作に対する第一印象はいかがでしたか?

まずはタイトルが面白いなって(笑)。作画もストーリー展開も丁寧で、なにより作中で登場するネタや、ネタに対する価値観に共感できました。ミニ四駆とかシムシティとか、子どもの頃に遊びまくった世代なので。

あとはエルダが不老不死ゆえに、人の生き死にに何度も立ち会い、出会いと別れを繰り返しますよね。そういったことに対して、自分も傷つきたくないし、人が傷つくのも見たくないという思いが、すごく伝わってきたんです。私自身、転校を経験していて、すごく仲の良かった友達と離れ離れになった経験があります。そうするとやっぱり、次の場所で新しい人と仲良くなるのが怖いんですよ。だからエルダの気持ちが、ちょっと分かるんですよね。

――エルダが楽しむおもちゃやゲームだけでなく、性格の面でもシンパシーを感じたと。

ひょっとしたら原作者の樋口さん(樋口彰彦氏)も、僕と似たような経験をしているのか、それとも同世代ゆえの共通した価値観なのかは分からないですけど、考えていることが近いんだろうなと感じました。
そうなると親近感を覚えますし、作品に対して入りやすかった、つまりはアニメを作りやすかったとも言えます。

――確かに、他の作品だと価値観を理解するところからスタートするわけですから。

そうですね。ただ、難しいところもやっぱりありました。おもちゃやゲームのネタが分かると言っても、私はそこまで熱中していたわけではないんです。人並みにハマった程度で、オタク的にのめり込んだわけではないので。
だからプラモデルに対する愛情とか、ゲームに対する熱意を描くことに重きを置くなら、僕はちょっと向いてないかも、とは思いました。

幸いなことに、局所的な表現よりも、ストーリーやキャラクターの心情を優先して描きたいということだったので安心しました。

――では、エルダの趣味の中には分からないものもあったのでは?

まったく分からないものはなかったですけど、バーコードバトラーやビーダマンは、実際に遊んだことがなかったです。あと、プラモデルを組み立てた経験もほとんどなくて、細部のこだわりまでは分からなかったので、YouTubeを見て勉強することもありました。

――(笑)。原作でもかなり丁寧に描かれているところですからね。

なのでアニメ化するに当たって、小物設定を担当するプロップデザイナーを立ててくれるようお願いしたんです。樋口さんがディテールを大事にしているのは原作を読んで感じたし、そこの描写が甘いと悲しむだろうなと思って。
プラモデルの動きも細かいところまで設定を作ってもらいましたし、作画では難しいラベルのデザインも、各話ごとに数十点の規模で発注しました。

――プラモデルの動きやゲーム画面は、ちょっとした違いも分かる人には分かってしまいますから大変そうです…。小物に関するところも含めて、樋口さんとはなにかやり取りがあったのですか?

小物に関してはそんなに細かく指示する方ではありませんでした。むしろ、シリアスな場面と、絵の崩したコミカルなシーンのさじ加減を気にかけている印象でした。
そこに関しては私自身も絵コンテで注意したところですし、ヤスカワさん(ヤスカワショウゴ氏)の脚本、小田さん(小田武士氏)のキャラクターデザインも喜んでいただけました。

――今のお話にあった、スタッフの方々とのやり取りはいかがでしたか。例えば監督から指示を出したりとか。

細かいリクエストはほとんどしていませんね。みなさん、原作をしっかり読み込んでいますから。ヤスカワさんも、エルダが経験してきた一期一会の悲しみは感じていたみたいで、脚本にもしっかり反映されている印象を受けました。

――ストーリーは基本的に原作に沿った内容だったと思いますが、逆にアニメのスタッフが考案したアイディアはなにかあったのでしょうか。

江戸時代のトリビアを説明するときに、馴染みのない単語はテロップを流して補足する演出は、アニメオリジナルですね。パソコンばかり見ているエルダとニコニコ動画のコメント的な流れるテロップは相性がいいと思ったんです。

同じく江戸に関する情報を紹介するシーンでは、原作に登場した絵しか使わないようにしました。というのも、それ以外の絵を使うと知識として広がりすぎてしまうので。
歴史に関しては設定考証などがとても難しく、曖昧な点も多いので、原作のままの情報量と表現でいかないと、意図から外れてしまうかなと。
だから、色も塗らないことにしました。色に対する解釈も人それぞれですし、間違った情報を発信してしまうかもしれないので気をつけました。

――キャラクターの描き方については、どんな考えをお持ちでしたか。

小糸は伝統ある神社の巫女さんなので、清潔感や上品さ、芯の強さを持ち合わせているだろうと意識しました。あと、樋口さんからは「所作を丁寧に表現してほしい」と言われましたね。お箸の持ち方や襖の開け方には気をつけました。
その一方で小糸は江戸っ子ですから、優しさは見せつつ、義理人情に厚い気っ風の良さを出せたらと思っていました。

エルダは不老不死なので、ある種の諦観を描けたらと思いました。不老不死だと、人が死んでいくこと、人と別れることに対する諦めがベースにあるんじゃないかなと思ったんです。
それでも、じゃあ寝てばかりで何もしないかというと、実は自由を満喫しているところもあるじゃないですか。時代に合わせて流行にも乗っかる、「せっかくだから楽しもう」みたいなノリの良さもあります。そういう姿を見ていると、もしかしたら完全に諦めることに抵抗しているのかな、エルダなりに精一杯頑張っているのかも、と思うようになりました。

――監督なりの、エルダのオタク趣味に対する解釈ですね。

はい。あとは、自分が御神体である自覚というか、「それが人のためになるなら」と考える優しさを持ち合わせているのかなと。だから所作が美しいし、普段は猫背だけど、いざとなるとキリッとするし。エルダなりのメリハリがありますよね。

――小柚子に関してはいかがでしたか?アニメの放送で人気が高まったキャラクターの1人だと思います。

小柚子は、妹としてのひとつの理想像が反映されているキャラクターだと感じていて、そこは原作と同じく、アニメでもブレずに描ききりたいと思っていました。
気が利くし、勉強も料理もできるし、だけどちょっと無理しちゃったり、寂しがり屋だったり、決して完璧ではないところも含めて魅力的ですよね。

もうひとつ、小柚子の汗の表現も意識したところです。小柚子は話すときに必ず汗の漫符が出るんですけど、普段だったらその都度作画で描くところを、テンプレを作って、全て撮影で貼り付けたんです。
作画のほうが色々なアイデアが出て面白くなる可能性もあるんですけど、毎回まったく同じ汗が出ることで「おなじみの汗マーク」になって、様式美として強調できるんじゃないかと。

アニメは終わっても、『江戸前エルフ』の世界は続いていく

――作品の舞台でもある月島は、どう描こうと考えたのでしょう。

実際にある街ですから、地元の方々が『江戸前エルフ』を見たときに、「月島だ」と分かってもらえることが重要だと考えました。できる限り忠実で、誠実に描こうと。
スタッフみんなでロケハンに行ったし、個人的にも行きました。実際に足を運んだほうが、情報量を落とさず描けますから。

――取材で見た月島はどんな印象でした?

風情ある下町でありながら、周りを見渡すとオフィスビルや高層マンションが立ち並んでいるのは独特ですよね。
あの辺りは人口増加率が高いらしく、子供の数も多いようです。地元の人もいれば、引っ越してくる新しい人もいる。新しいものと古いものが混在している、他にない景色ですね。

――サウンド面のこだわりはなにかありましたか?

音響監督の藤田さん(藤田亜紀子氏)が、原作漫画を読んでも絵コンテを読んでも、「ワルツな感じがする」と言っていたんです。私は「そうなんだ…」くらいにしか思わなかったんですけど(笑)、ワルツをベースに楽曲を作っていただきました。

PV用に、一曲だけ先行して楽曲を作ってもらったんです。「月島の鳩は押しが強い」という、ちょっと変わったタイトルで。これがとても良くて、世界観が広がるというか、アニメの作画や色使いに寄り添いすぎず、音楽は音楽で広がってくれるような…。
最初はもっと和風なイメージを想像していたんですけど、素晴らしかったですね。

――オープニングやエンディングテーマに関してはいかがでしたか。

まずオープニングとエンディング、どちらも初めて聴いたとき、とても感動しました。原作を読み込んで、表面的な部分だけじゃなくて、根底にあるテーマを汲み取って作詞作曲されているなと思いました。

エンディングは、私はノータッチだったのですが、まさか実写を使うとは思っていなくて、アニメ絵と見事に融合していましたね。
すごくかわいかったし、これどうやって作ったんですかって、僕も聞いちゃったくらいです(笑)。
オープニングやエンディングは、本編で描ききれない部分の世界観を広げてくれる、とても大事な役割があります。作品に幅を持たせてくれたのが、すごく良かったですね。

――Twitterでファンの感想を見ていても、エンディング映像の評判はとても良い印象がありました。

私もTwitterでエンディングの評判は目にしていたので、嬉しかったですね。生活感が出ているし、歌詞の中にあるエルダと小糸を思わせる描写は切ないし、そういった要素がしっかり伝わっていたんだろうと思います。

――感想というと…これも僕個人の感想になってしまいますが、最終話もとても良かったです。弓耳祭りという大きなイベントをAパートで終わらせて、Bパートからはまた何気ない日常の話に戻るじゃないですか。あのBパートを見て、アニメは終わっても、エルダや小糸たちの物語は続いていくんだなと感じたんです。

そういう風に伝わっているなら大成功です(笑)。やっぱり、弓耳祭で終わらせようかという案もあったんです。ただ、原作の連載も続いているし、日常を描く作品として、何か一つ大きなイベントで終わるよりは、その後のいつもの生活に戻ったほうが『江戸前エルフ』らしいのかなと。アニメは終わっても、あの世界の時間は続いていきますから。

――ちなみに、監督自身はファンからの反響で気になったものはありましたか?

ファンからの反響といっても、私はTwitterを見るくらいですけど。「2期待ってます」といった声が少なからず存在したのは嬉しかったです。
あとは、私自身もそうですけど、エルダに共感する人は多かった気がします。学校や仕事ですり減ることが多い中、自分の城に籠って、無限に遊ぶエルダに自分の欲望を託すというか、エルダがみんなの夢を叶えているところはあると思いますね。

――特に東京だと、金曜日の深夜に放送されているのも大きかったかもしれませんね。

煩わしいことを忘れて休みに入れる、癒やしというか、息抜きを提供できたのなら嬉しい限りです。もっとも、癒やしやヒーリング効果を狙って作ったわけではないのですけど。むしろ視聴する方々の受け取り方を限定しないように気をつけていて、たまたま癒やされる人が多かったのかもしれません。視聴してくれた方々、ひとりひとりが、自分なりの楽しみかたを見つけてくれていたら、とても嬉しいです。

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©樋⼝彰彦・講談社/「江⼾前エルフ」製作委員会