『怪人開発部の黒井津さん』斎藤久監督インタビュー 特撮らしさ、アガスティアの人間関係、そして最終話の“伏線回収”はどのように生まれたのか

TVアニメ

2022年1月から4月にかけて放送されたTVアニメ『怪人開発部の黒井津さん』。Webコミック「COMICメテオ」にて連載中、水崎弘明氏による漫画を原作とする本作は、悪の組織アガスティアの怪人開発部に所属する研究助手の黒井津燈香が正義のヒーローではなく「大会議でのプレゼン直前」「10分ででっち上げた企画書」「上司の無茶振り」と戦う物語が描かれた。

約3ヶ月の放送で多くのファンを獲得した本作はいかにして制作されたのか、制作を終えた斎藤久監督に話を伺った。

特撮作品をそのままアニメ化したら…を意識した描き方

――『怪人開発部の黒井津さん』は漫画原作ですが、第一印象はいかがでしたか?

『怪人開発部の黒井津さん』を知ったのはアニメのプロデューサーから話をいただき、「とりあえず読んでみて」と言われたのがきっかけでした。実際に読んでみると、まず悪の組織を描いていることに驚きましたし、しかも謎に包まれているわけでなく、一般的な会社然としているところにも驚きました。
今回の場合は最初から私自身がアニメ化する前提で読んだわけですが、「これならばストーリーの面白さだけで勝負できるな」と感じましたね。

――アニメは原作に忠実だったと思いますが、その中で監督やスタッフから生まれたアイディアや表現はありましたか?

やっぱりローカルヒーローですね。ローカルヒーローが各話に登場する案自体は初期からあったのですが、実際に許可がもらえるかは分からなかったので、描けることになったのは嬉しかったです。
ローカルヒーローを出すアイディアはプロデューサーサイドから提案があったもので、私は後から勉強したんです。東京に住んでいるとなかなか知る機会がなく、だけど地元の人からすると馴染み深い存在でもあって、知らないことだらけでした。

――ファンからの反響もあったのでは?

放送前に「ローカルヒーローが登場する」という情報を発表したときもそうですし、「秘密結社アガスティア 新怪人アイデアコンペ」として怪人のデザインを募集したときも反響は大きかったです。怪人のデザインの、半分以上は子供が描いたものでした。ひょっとしたら親世代の方と一緒に見てくれたのかもしれませんね。これは良い意味で深夜アニメらしくない反響であり、驚きとともに嬉しさも感じました。

――黒井津さんやウルフ君など、各キャラクターはどのように描こうと考えましたか。

キャラクターはもちろんストーリーにも関わるところで、シリアスに寄せるか、コミカルに寄せるかは私たちスタッフのさじ加減です。本作ではシリアスな内容があっても、最後は必ず笑って終わらせるようにしました。その意味ではメインキャラクターもシリアスな面が目立たないように考えました。

その中で特に動かしやすかったのはウルフですね。見た目は女性だけど脳は中学男子、性格もボケとツッコミ両方でいますから。作り終えた今となっては、もうちょっと中学男子らしいやんちゃさが描かたらよかったかな、とも思います。黒井津さんに対する初々しい反応とか、多ければ多いほどファンの方も楽しめたでしょうから。
逆に黒井津さんは、あくまでも妹、あるいは弟を見ている感覚を崩さないように意識しました。彼女はまだ20代前半の若手社員、恋愛ごとに無頓着というより、仕事に手一杯な雰囲気は残しておきたかったのです。

――作中にはカノンなど、人型以外の怪人も登場します。こちらはどのように動かそうと考えましたか?

そこは実写の特撮作品を参考にしました。特に影響を受けたのは、喋るときに口を動かさないことです。特撮作品に出てくる怪人は、基本的に口が細かく動かないじゃないですか。それにならってアニメでも、「怪人が喋るときは口を動かさない」というルールを作ったのです。カノンが喋るとき、口は開けっ放しで動かないので、ぜひ確認してもらいたいです。

――特撮作品をそのままアニメ化したら…という考え方だったと。

そうですね。特撮作品の雰囲気というか、ニュアンスを拾えるように意識しました。足音も人間と怪人では別にして、ジャキジャキとメカっぽい音を取り入れたりもしましたね。

――特撮といえば…第2話にカノンが実写になって爆発するシーンがあったと思います。あれは一体どういった意図で導入したのでしょう。

あれは…面白そうだからやろうという話でした(笑)。どうせ実写で爆発させるなら、序盤のうちに入れようとは考えていました。というのも、視聴者の方って第3話あたりで自分のストライクゾーンかどうかを判断するじゃないですか。

「こういうめちゃくちゃなこともしますよ」と、視聴者の方に教えてあげて、ストライクゾーンを決める材料にしてもらえたらと思ったのです。爆発シーンが後半に突然出てきたら、ストライクゾーンだと判断していた人も「思っていたのと違う」となってしまいますから。

実写シーンが実現したのは高山さん(シリーズ構成の高山カツヒコ氏)の力も大きかったです。高山さんは火薬に関する免許を持っていて、過去のアニメ作品でも実写を取り入れた経験があったのです。高山さんがいたからこそ、私たちも実写の使いどころを現実的に考えることができました。

――企業の労働環境など、ブラックユーモアも多い作品ですが、監督として特に盛り込みたかったネタはありますか。

稟議書といった書類や名刺など、一般の企業に務める社会人がピンとくるネタは積極的に描くようにしました。“社会人がピンとくる”というのは特に意識したポイントで、一般的な企業ではどんな呼ばれ方をしているのかをリサーチして、単語を精査するところからスタートしましたね。シナリオ会議では「言葉の意味自体は分かっても、実際の会社では使われませんよ」とか、そんな話もしばしば行われました。

見た目という点でも、リアルさはこだわったところです。例えば第2話でカノンを製造するシーンがありましたが、私は当初、もうちょっと泥臭い工場をイメージしていたんです。だけど話を聞くと、「今の工場は驚くほどきれい」と言われて、実際に放送されたシーンが完成しました。

その一方で、アガスティア内での人間関係は可能な限りフランクに描けるよう意識しました。黒井津さんが上司を話すときの緊張感は表現しつつ、退社後にライブ会場で偶然会ったときは緊張が解けてる。会社員だけど、それ以上の信頼関係があることも強調したかったところです。

――確かに、あくまでブラックなネタだとブラックロアのほうが強烈でしたね。

峰円小春が登場する回はファンからの反響も大きかった印象があります。初登場は第5話で、そのときはアガスティアとの対比で強い印象を与えられたかなと。視聴者の方々に「次はいつ出るんだろう」と思わせたところで、続く第6話にも連続で出せたのが良かったですね。

――エピソードごとで見ていくと、最終話も印象に残りました。ストーリーに直接関係ないと思っていたローカルヒーローやオリジナルキャラクターが続々登場するのは、“伏線回収”とも言える見事な展開でした。

制作の初期段階だと原作も全然足りていない状態だったので、「オリジナル回もいくつか作ろう」と話し合ったのがスタートでした。話し合い過程で最終話をオリジナル回にすることが決まり、Aパートは高山さんを始めとしたスタッフ、Bパートを原作の水崎弘明先生にお願いすることになったのですが、なんと水崎先生は両パートのストーリーを考えていただいて(笑)。そのおかげもあって、最終話はオリジナルでありながら、全編を通して統一感のある展開にできたのです。

アイディアとしても非常に面白かったと思います。実写の特撮作品でも、劇場版でヒーローが全員集合する展開ってあるじゃないですか。あの流れをアニメの中で再現できたと思いますし、オリジナルキャラクターである派遣バイトの2人にも出番を与えられましたし。

――派遣バイトの2人も意外な大活躍でしたね。

もともとは黒井津さんなどアニメキャラクターと、ローカルヒーローをつなぎ合わせる役割として生まれたんです。結果的には作品が持つブラックユーモアの幅を広げる存在になってくれたし、最終話では活躍も見せてくれたし、いい味を出してくれたと思います。

――今回のTVアニメでは、原作コミックのエピソードをほぼすべて映像化したと思います。スケジュールという点でも、通常のアニメ制作とは違った難しさがあったのでは?

脚本を考えている段階でも、どんどん新しいエピソードが出てきますからね。企画が始まった時点では「2、3話オリジナルになるかな」と思っていたものの、新しいエピソードが上手くはまってくれた形です。

制作上の難しさや苦労も、『黒井津さん』に限ってはあまりなかったです。ストーリーの縦軸、つまり目的がはっきりしている場合は、流れを崩してまで他のエピソードを追加するのは難しいです。しかしこの作品はキャラクター同士の掛け合いで楽しませるのがメインなので、多少は横にずれるのも許されます。むしろファンの方々にとっても、程よい寄り道を提供できたのかなと思います。

決して楽なスケジュールではなかったですが、だからこそ生まれたアイディアもたくさんあります。勢いを持って制作できたアニメでしたね。

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Ⓒ水崎弘明・COMICメテオ/「怪人開発部の黒井津さん」製作委員会