会社として目指すアニメの形は?『天体のメソッド』新作アニメはなぜ生まれた? インフィニット・永谷敬之氏が語るアニメのこれから

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2011年の『花咲くいろは』から始まり、『凪のあすから』『天体のメソッド』、そして2020年2月に公開されたばかりの『劇場版 SHIROBAKO』と、多彩なアニメ作品を生み出してきたインフィニット。
同社が2020年で10年目を迎えること、そして『劇場版 SHIROBAKO』の公開という節目のタイミングで、インフィニットの代表取締役・永谷敬之氏に話を伺った。スターチャイルド、バンダイビジュアルでもアニメに携わってきた同氏がなぜプロデュース会社を一から作ったのか、そしてここから会社はどこへ向かうのかを話してもらった。

この10年間でアニメ業界は開国して、群雄割拠にもなった

――今から約10年前、インフィニットと設立することになった経緯について教えてもらえますか。

永谷氏:単純なんですけど、自分のプロデューサー人生の中であとどれだけアニメを作れるだろうと考えたからです。自分が立ち上げた企画を長く運用するためには、メーカーにいるとどうしてもできないことが出てきます。インフィニットで10年やってきて、最初は『花咲くいろは』でしたけど、いまだに作品として運用させてもらっています。ですがメーカーだと、10年も経てば組織体制も変わり、昔の作品を積極的に展開するのは難しくなります。であれば、自分で会社を作り、プロデュースするべきだと考えたのがきっかけでした。自分たちが生み出した作品と徹底的に付き合い、ある意味では心中しましょうという決意の表れでもあります。

――プロデュースといっても業務は多岐にわたるし、会社ごとでも変わってくると思います。インフィニットさんでは普段どんなことをやっているのですか?

永谷氏:弊社の場合はまず、製作委員会の組成から始まります。あとは作品の管理、オリジナルの場合は原作開発も含めてですね。もうひとつは、場合によってはプロモーションも行います。基本的に前の2つ、製作委員会の組成と作品の管理はほぼすべての作品で担当します。

――インフィニットさんはオリジナル作品が多いので、原作開発を行うケースは特に多いと思います。原作を生み出す際に念頭に置いていることはありますか?

永谷氏:極力普遍的なものを作りたいと思っています。では、普遍的とはなにかというと、見る人や見たときの年齢によって感じ方が違うものなんです。例えば『花咲くいろは』でも、10年前に見たときと今見たときで違うものになってほしい。10年もあれば仕事の役職も変わってくるし、家族を持つこともあるでしょう。そういった立場や心境の変化に合わせて、見えるものも変化するのが私にとっての普遍です。いわゆる日常系のアニメが多いのも、この考えがあるからこそです。

その一方で、うちが手掛ける作品だとロボットアニメが多いのも特徴だと思います。アニメの黎明期から今までを振り返ってみるとロボットアニメがターニングポイントになっています。最近は3DCGの進歩によって手描きでロボットを描く機会が少なくなってきましたが、手描きでやりたいと思うスタッフがいるのであれば、できるうちに企画してあげたいという思いで立ち上げているんです。ロボットアニメは僕世代の男性を中心に多くのアニメファンが一度は通る道ですし、これもまた、世代によって見え方が変わるジャンルです。そういう意味で私たちが求める普遍性の一部なんだと思います。若い型にも多く触れて欲しいと思います。

――直近だと『グランベルム』はロボットアニメの面影がありました。

永谷氏:『グランベルム』は、私が幼少期のロボットアニメに見られた勧善懲悪の物語を描きたい思いから始まりました。しかし深夜アニメなので変化が求められたので、SD型のロボットと大塚真一郎さんが原案を担当したキャラクターを当てはめたのです。私だけでなく、スタッフの皆さんが業界に入る前に見て、育ててくれたアニメが持つ普遍性を表現したのが『グランベルム』なんです。

――これまでにインフィニットさんがプロデュースした作品を見てみると、P.A.WORKSさんとタッグを組むことが多いですよね。

永谷氏:もともと私がバンダイビジュアルに勤めていたとき、『true tears』の企画を持ちかけたのが最初のきっかけでした。『true tears』はP.A.WORKSさんにとって元請けの一本目でそこからお付き合いするようになりました。また、日常を描くことに長けている私たちが求めるものと合致していたのも、企画を提案する機会が多くなる要因のひとつです。

P.A.WORKSさんの特徴としては、日常を描く中にも違ったエッセンスが入ることだと考えています。『凪のあすから』や『色づく世界の明日から』はファンタジーの世界設定が根底にあって、その上で日常が成立します。そういった志向を持ったクリエイターさんがいるので、私としても非常に信頼しています。

――これはアニメ業界全体の話になってきますが、この10年でアニメを取り巻く環境はどのように変化してきたと感じていますか?

永谷氏:10年前のアニメ業界って、牧歌的というか村社会というか、ちょっと閉鎖的なところがありましたよね。いつものメンバーで製作委員会を組むので、どうしても新しい風が入ってこない業種でした。では今はどうですかと聞かれたら、ご存知の通りたくさんの黒船がやってきたわけです。当時は閉鎖的な空気が当たり前でしたけど、ひょっとしたら鎖国していただけなのかもしれません。

開国した結果なにが変わったかというと、アニメのビジネスそのものです。アウトプットとしてはビデオグラムだけだったところに多様性が生まれて、ビジネスのチャンスが生まれました。黒船の方たちはビジネスのスペシャリストでもあるので、私たちにとっても恩恵は大きいですし、群雄割拠にもなったのが10年間の最大の変化ですね。

ではマーケットが肌で感じられるほど大きくなったかというと…国の発表では右肩上がりらしいですけど(笑)。

――(笑)。群雄割拠になったということは、競争相手が増えたと言い換えられると思います。

永谷氏:それはありますね。これまでは100本の作品に100人のファンがお金を使ってくれたのが、今は200本以上の作品に100人のファンがお金を使う状況です。そうなれば当然財布の紐は固くなります。そういったヒリヒリした感じは年々強くなっている気がします。
もうひとつ、ファンの方々の目が肥えたのもあると思います。あまり好きな言葉じゃないんですけど「○話切り」をする人が増えたというか。これだけアニメが多いと見たいものだけを見るのは当然のことで、それだけで時間が精一杯なんです。そうすると、あとから「あれ話題作だよ」と教えられてもなかなか追いかけられないですよね。

「俺はこの作品が好きなんだ!」と、ひとつのアニメに没入感を持って向き合ってくれる、いいところもありますけどね。それが例えマイノリティな作品だったとしても強く発信してくれますし、私たちとしても強く発信してほしいところです。今はファンとメーカーのキャッチボールが上手くいっていない状態だと思っていますので、私たちがいかにファンの言葉をキャッチするかも課題と言えます。

――先ほど「黒船」と表現されていたのはNetflixやAmazonプライム・ビデオのことですよね。こういったサービスにはどのような印象を持たれていますか?

永谷氏:影響力は計り知れないですよね。最近で言えば『SHIROBAKO』をもう一段高いところへ育ててくれた存在でもありますし。ネトフリ独占、アマプラ独占の作品も当たり前になってきて、展開の早さと影響力の強さには驚かされるばかりです。従来のビジネスモデルを壊すから敵なのかと言えばそんなこともなく、Netflixは「旧来の製作委員会方式を変えたい」とおっしゃられていて、さらに有言実行している印象です。

Amazonプライム・ビデオはもともとのAmazonプライム会員がすべて対象になるので、絶対的に分母が大きいです。作品を置くだけで認知度は上がるので、インフィニットとしても頼もしい存在です。

ひょっとしたら「いろんなものが壊れた」と思う人もいるかも知れませんが、遅かれ早かれ壊れる運命だったと思います。むしろ、生き抜くための新しい術を教えてもらったと考えるべきだと思います。

勉強することもたくさんあった『天体のメソッド』の新作アニメ

――アニメをプロデュースする会社というといくつかありますが、インフィニットさんならではの強み、特色はどこにあると思いますか?

永谷氏:まず、ひとつモデルとして見習っていたのはジェンコさんです。バンダイビジュアルよりさらに前、スターチャイルドに在籍していた当時、ジェンコさんとお仕事させていただいたことがあり、そのときのイメージを参考にしています。もちろんジェンコさんの内部をすべて知っているわけではないので違う部分も大いにあると思いますが、「僕の中でのジェンコさんはこうだった」という理想像は今でも持っています。

その上で私たちの強みは、ひとつの作品に寄り添うことだと思います。うちはどんなに多くても年間2.5本程度で、同じクールに2本以上放送することも基本的にありません。自分たちの担当したアニメが放送されている間は、その一本に全力投球する、できる体制にしようとしているのが特徴ですね。

これに加えて、立てた企画が流れたことはこの10年で一度もありません。私が一度でも口にした企画はかならず形にさせてもらっていて、これはうちの覚悟であり、強みといえます。

――企画倒れが一度もないというのは驚きです…。ちなみに、ジェンコさんを参考にしたという話でしたが、具体的にどの辺りが魅力に映ったのでしょう。

永谷氏:かゆいところに手が届くというか、特にスターチャイルド時代は100%出資でアニメを作っていることもあり、マンパワーがすべてに行き届かないケースもあるんです。そこに対して寄り添って作品を見てくれるのはすごいと思いましたね。現場の都合を聞きつつ製作委員会のやりたいことも叶えるバランス感覚とか、見習えるところはたくさんありました。

まったく同じことを自分もできるとは思わないですが、作品が一番良くなるために行動することは学べましたし、もっとも大切にしていることでもあります。10年前の作品でも運用しているのは、この学びがあったからこそです。賞味期限が切れたから展開しない、ではなく、賞味期限が切れないように行動する、そしていつまでも作品に寄り添うところにつながってくるのです。

――最近の取り組みだと、『天体のメソッド』の新作アニメをYouTubeで公開したのも印象的でした。これも作品と寄り添った結果なのでしょうか。

永谷氏:『天体のメソッド』は個人的に続きの話が見たかったのが第一にあります。さらに言えば、テレビや劇場以外にもアニメを公開できる場所が生まれたことも要因としてあります。しかもその場所は無料で公開できるというんだから、これは試してみようと考えたのです。TVアニメがなくなる未来は考えていないですけど、だからといってその他の可能性を無視するわけにもいきません。それに視聴者の反応をよりダイレクトに感じられて、マーケティングの勉強もできるなどいろいろなメリットがありました。

ファンの皆さんからは「製作委員会ではなくインフィニットの100%出資で大丈夫?」といった声もたくさんいただきました(笑)。でも私たちなりに手に入れたものもたくさんあったと感じています。

――YouTubeというメディアに対する感触もかなり良かったんですね。

永谷氏:今後もやっていきたいなと思いましたね。私自身、公開時間に合わせて実況する企画をやっていたのですが、国内はもちろん海外のファンからも反応があって、影響力の高さは実感しました。

ただもちろん課題もあって、30分前後のアニメを見せるのはなかなか難しいと思うところもありました。YouTubeでお金を得ようとすると、まずは広告を貼ることじゃないですか。そうするとひとつの作品を切り刻むことになって、制作側としては葛藤がありました。またアニメをアップロードして、私が実況している瞬間にも数多の動画が次々にアップロードされるんです。そうなると私たちのアニメは埋もれてしまう可能性がありますし、埋もれないためにまずはチャンネル登録者数を増やす必要があります。一般的に市民権を得ると言われる10万人まで、育成途中の段階ですね。

――チャンネルを育てる必要性も、勉強できたことのひとつだったと。

永谷氏:単にプロモーション映像をアップしているだけでは、チャンネルを育てる感覚は生まれなかったでしょう。勉強という意味では、大量消費の世界に身を投じる難しさも学びました。

――それはつまり先ほど話していた、埋もれてしまう可能性のことですか?

永谷氏:それもありますし、視聴者の方が「いつでも見れる」と安心してしまう難しさもあるかなと。いつでも見れる安心感があるから後回しにして、結局いつまで経っても見てくれない。この問題を防ぐためにも、まずはチャンネルを育てなければいけませんね。私たちとしては、ファンとのキャッチボールがもうちょっとできるかなと期待していたんですけど、当然全員が思い通りに見てくれるとは限らないし、視聴した方の反響ももうちょっとあってもよかったかな、というのが現在の感想です。YouTubeで新作を公開する取り組みは今後もやりたいと思う反面、「やります」と断言できないのはこの辺りの事情も絡んでいます。

――ちなみに、インフィニットさんの公式サイトには「10年愛される作品の制作」をコンセプトにしていると書いてあります。『花咲くいろは』や『SHIROBAKO』や『天体のメソッド』が続いているのもこのコンセプトがあるからだと思いますが、永谷さんとしては、このコンセプトとどこまで実現できていると感じていますか?

永谷氏:石川県の湯涌温泉で『花咲くいろは』のぼんぼり祭りを毎年開催していて、今年ちょうど10回目なんです。まずはここで試されるかなと思っています。ただ、『花咲くいろは』が無事に10年目を迎えたのはいいとして、これがゴールにはしたくありません。そのためにも、次の目標を考えなければいけないターンにきたとは感じています。

――分かりました。最後に今後の目標や、展望があれば教えてください。

永谷氏:このインタビューを読んだ方に夢がないように思われるかもしれませんが、拡大路線は考えていません。自分がプロデューサーとして現場にいる限りは、ひとつひとつの作品に寄り添い続けるつもりです。それが履行できる最適な布陣を作ることが最大の目標であり、必ずしも会社を大きくすればいいとは考えていません。その上で、ここまでの10年間は業界に生かさしてもらったと考えているので、次の10年はアニメの現場に還元していきたいです。

ゆくゆくは製作委員会方式が変わり、スタジオが自己資本でアニメを作る時代が来るかもしれません。そんな未来がきたとき、スタジオにノウハウを教えられる会社になりたいし、業界がより活性化する手助けができる会社になるのが、次の10年の目標ですかね。

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