『オッドタクシー』TVアニメ初監督の木下麦は、いかにして傑作サスペンスを生み出したのか 制作の過程に迫るインタビュー

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2021年4月から6月にかけて放送されたTVアニメ『オッドタクシー』。本作は、タクシー運転手の主人公・小戸川が乗せるクセのある客たちとのやりとりが、一人の少女の失踪につながっていくというサスペンス作品だ。謎の多いストーリー展開と動物をモチーフにしたポップなキャラクターが反響を呼び、放送開始直後から多くのファンを獲得した。

制作に関わったスタッフ、キャスト陣も一線を画しており、脚本は実写映画やドラマ化もされたコミック『セトウツミ』などで知られる此元和津也氏が担当。
キャストでは花江夏樹さんが41歳のタクシードライバー・小戸川役を担当。またミキ、ダイアンといった吉本興業に所属する芸人たちも多く声優として参加している。

この一風変わった作品を生み出したのが木下麦監督だ。木下監督はこれまでもイラストレーター、アニメーターとして活動してきたが、TVアニメの監督は今回が初めてのこと。今回のインタビューでは、木下監督が初めての経験の中、いかにして『オッドタクシー』を生み出していったのかを振り返ってもらった。

声だけを聞いたらテレビドラマに感じる雰囲気が理想だった

――本日はよろしくおねがいします。まず、『オッドタクシー』を制作することになった経緯から振り返ってもらえますか。

最初のきっかけは、もう5年くらい前の話です。「動物のキャラクターで、リアルな人間関係を描く」という企画書を平賀さん(『オッドタクシー』プロデューサー・平賀大介氏)に見せたのが始まりでした。ただ、当時の企画ではまだまだパンチが弱くて、もっと人間の負の部分や生々しさを見せれば、可愛い見た目をした動物のキャラクターとのギャップが生まれていいのでは、と話が進み、此元さん(脚本・此元和津也氏)に参加してもらうことになりました。

――動物のキャラクターで描く、というのは当時から決まっていたんですね。

僕がもともと動物好きで、動物のキャラクターばかり描いていたんです。動物が主人公のアニメ自体はたくさんありますけど、東京を舞台にリアルな物語を作ったら面白いんじゃないかと漠然と思っていて、それが実現した形ですね。

――木下監督はこれまでも映像作品を作ってきたと思いますが、TVアニメは初めてですよね。これまでとの作業に違いはありませんでしたか?

TVアニメだと関わるスタッフの人数がとても多く、しかも今回はオリジナルなのでイメージや、作品が目指す着地点を共有するのは大変でしたね。自分はある程度絵が描けるので、イメージだけならなんとかなるんですけど、音楽や演技、演出の落とし所を見つけるのは時間がかかりました。

――此元さんが手掛けた脚本に対する第一印象はいかがでしたか。

シニカルなギャグとハードなサスペンスが共存していて、そのバランスが凄く綺麗で、とても好きな世界観でした。特にギャグを交えた会話劇に関しては「よく思いつくな」と、いつも感服していました。そしてサスペンスの部分でも、常に現実味のある世界を崩していなくて、整合性があります。整合性があるからこそサスペンスに重みが出てきて、ただのギャグアニメではないのが魅力なんだと思います。

――監督から脚本に手を加えた箇所は?

ひとつだけ、最初は今井がバイト先の後輩にセリフを放つシーンがあったのですが、それだけは僕の考えるキャラクターと違ったので修正をお願いしました。だけど僕が口を出したのはそれくらいで、物語の大筋は最初から決まっていましたね。

――ギャグとサスペンスの物語を描くにあたって、キャストをどうするかも重要だったと思います。例えばお笑い芸人を起用したり、他にはない独特のキャスト陣になっていますよね。

キャストさんは基本的にスタッフの皆さんと話し合いながら決めていきました。僕としては誇張しすぎず、リアルな演技を求めていたので、お笑い芸人の演技は実際の芸人さんに演じてもらいたいと思いました。声だけを聞いたらテレビドラマに感じる雰囲気が理想だったんです。
また、芸人同士が話す場合は会話の間が重要になってきます。これをアニメでも再現するなら実際の芸人の方に任せたほうがいいと判断しました。

――キャストだともうひとり、花江夏樹さんが40代の小戸川を演じるのも驚きました。

セオリーでいくと、小戸川は人生にくたびれたおじさんの声だと思うんです。でも設定だと、幼い心も持ったまま大人になったキャラクターでもあります。ちょっと幼い部分を表現するためには、声に若さと鋭さがほしいと考えて花江さんにご相談しました。一般的には花江さんにはおじさん役のイメージがないと思いますし、ご本人もこの年齢感を演じられることはあまりないとおっしゃられてたので、チャレンジングな部分もあったと思いますが今となっては花江さん以外ありえない、と言えるくらいしっくりきていますね。

――『オッドタクシー』はサスペンスというジャンルに加えて、たくさんのキャラクターが入り乱れる群像劇としての側面もあります。以前からこういった作風には興味があったのですか?

確かに、映画を見るときでも複雑な人間関係を描いている作品は気になりますね。主人公だけでなく、脇役からの視点になったり。違う視点から社会を見ると、物事が客観的に分かるようになりますから。

一方でサスペンスというジャンルに関しては、興味はあるけど自分には作れない、と思っていたところです。『オッドタクシー』も企画段階ではコメディ寄りでした。此元さんが参加しなければこのストーリーは生まれなかったし、作品に流れる不穏な空気も生まれなかったでしょうね。

――オリジナルの『オッドタクシー』を作るにあたって、なにかヒントになった作品はあったのでしょうか。

おじさんを描く作品を作りたいと思ったのは、『恋愛小説家』を見たときですね。『恋愛小説家』はジャック・ニコルソンが演じる偏屈な小説家が恋をしての変わろうとする姿を変化を描いた映画で自分の中ではひとつの参考になった作品です。

獄中にいるヤノや関口、二階堂のストーリーも面白そう

――『オッドタクシー』のようなオリジナルアニメを作る際、まずどこから手を付けたのでしょう。キャラクターなのか、それとも物語の構成なのか…。

まずはキャラクターでした。キャラクターデザインから始めて、そのあとに数枚のコンセプトアート。最初の企画はそのくらいの段階で出したのを覚えています。

――キャラクターデザインも自ら担当されていますが、こだわりは?

いつも感覚で描いているので、あらためて「こだわりは?」と聞かれると難しいです。とにかくたくさん描いて、その中からいいと思ったものを直感で選んでいきました。しいて言うなら、シルエットだけでどのキャラクターか判別できるようにしたり、色をあまり使わず、4色程度で構成できるように、などは考えていましたね。
キャラクターを選んだら、次は「この人はこんな仕事をやってそうだな」とか、「こんな性格してそうだな」とかを考えていきます。

とはいえ、キャラクターデザインは僕自身も分かってないところが多いです。ただデフォルメが綺麗で少ない要素でもまとまりのあるデザインが好きなので、「オッドタクシー」でも自身の好みのデザインが表現できた感じでした。

――まずはデザインを考えてから、性格を決めていったと。性格を決める上で難しかったキャラクターはいましたか?

性格付けでの苦労はありませんでした。というのも、まずは大まかなところから、ぼんやりと決めていくやり方だったので。例えば田中はゲーム会社に勤めているとか、市村は18歳のアイドルとか、その程度のところから、徐々に肉付けしていくんです。それを「自由に使ってください」と此元さんにお渡しした形なので、僕というより此元さんがキャラクターを育てた感覚です。

――本作のキャラクターはすべて動物で描かれていますが、モチーフとなる動物はどのように決めていったのでしょう。

そこもあまり深く考えず、見た目の格好良さとか、いかにしっくりくるかで決めていましたね。例えばヤノはヤマアラシがモチーフですけど、性格のサディスティックな部分を刺々しい見た目で表現できればと思って採用しました。ヤノと行動を共にする関口は、大きな体型の舎弟がいたらいいな、というシンプルな理由で白熊です。こんな具合に、モチーフとなった動物はあまりロジックで考えてないです。

――音楽に関してはどのようなオーダーを出しましたか?

普通なら劇伴作家の方にまるっとお願いしますけど、『オッドタクシー』はポップ寄りの雰囲気を持っているので、音楽もユニークでライトなものにしたいとは思っていました。それがシリアスな物語を絡み合えば、奇妙で新しいものになるだろうと。

――その一方でミステリーキッスが歌う楽曲は、80年代アイドルやシティポップの雰囲気を持っていました。

あれは劇伴で参加したVaVaさんがたまたまアイドル好きで、アイドルソングへの造詣も深かったんです。それと同時に作中でアイドルが歌う楽曲が必要になったので、「それならぜひお願いしたいです」という形で実現しました。1回目でバチっとくる楽曲が出来上がってきましたね。

話にあったシティポップの雰囲気というのも当初から狙っていたものです。最新ではないものの、今聞いても通用するシティポップはイメージしていました。

――放送を終えた現在の心境も教えてもらえますか。

企画書を出してから5年、実際に動き始めてから2年くらい。本当に時間をかけて作った作品が、たった3ヶ月で終わってしまうのはあっけないな、というのが最初の感想でした。だけど放送されるとたくさんの人が楽しんでくれたので安心もしました。TwitterのDMで、熱の込もったメッセージをもらったときは「作った甲斐があったな」と思いましたね。

ファンの方々の反響という意味では、最終回後も拒否反応があまり起きていないみたいで安心しました。怖い終わり方でしたが、それも含めて受け入れて、楽しんでもらえたのはよかったです。

――怖い終わり方、という話もありましたが、なぜラストはあの展開になったのでしょう?

ベースにあるのはもちろん此元さんの脚本です。最初に脚本をいただいたときから「ちょっと怖いラストなんですけど…」と提案されたのを覚えています。僕はバッドエンディングとは思っていなくて、ちょっと含みを持たせているところ、特にニコッとした笑顔で終わるのは想像の余地があるなと、僕自身気に入っています。

――そしてそのラストと連動するように、YouTubeで配信しているオーディオドラマも面白い展開が待っていました。

オーディオドラマの会話劇だからこその展開でしたね。ひょっとしたら此元さんの脚本が持つ面白さをアニメ本編以上に発揮できていたかもしれない。本編は時間の都合で、お笑い芸人の会話を泣く泣く削ったシーンもあるんです。YouTubeはその制約がないので、此元さんの力を100%出せていると思います。

――分かりました。では、アニメ監督として今後チャレンジしてみたいことがあれば教えてください。

はっきりした目標とかはないですけど、アニメでバイオレンス作品は作ってみたいですね。需要があるかは分かりませんが、『オッドタクシー』よりハードで、骨太な作品は興味ありますね。

『オッドタクシー』に関していえば、獄中にいるヤノや関口、二階堂のストーリーとか、面白いかもしれません。簡単に続編を作れる内容ではないですけど、スピンオフ的にスポットライトを当てるのは、僕自身やってみたいところです。

――ありがとうございました。

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