『劇場編集版 かくしごと』後藤姫役・高橋李依さんにインタビュー。「無垢で無邪気な姫を目指しました」

インタビュー

7月9日(金)に公開予定の『劇場編集版 かくしごと ―ひめごとはなんですか―』は、2020年に放送されたTVアニメ『かくしごと』をベースにした劇場編集版として新規カットが追加され、TVアニメで描かれなかったもうひとつのラストが描かれる作品だ。『さよなら絶望先生』など多くの作品を世に送り出してきた、漫画家・久米田康治の画業30周年記念作でもある。

『かくしごと』は、父・後藤可久士が娘・後藤姫に対して、自身が漫画家であることを隠し通そうと暴走するコメディが展開する。そんな本作で後藤姫役を演じたのが高橋李依さんだ。高橋さんは後藤姫というキャラクターをどのように捉えたのか、そして本作で描かれる親子の愛と笑いをどのように感じたのか、さまざまな質問をぶつけてきた。

原作もTVアニメも劇場版も最高の終わり方―「走り切る」ってこういうことなんだな

――本日はよろしくお願いします。まず、今回の劇場版総集編を制作すると聞いたときの心境から教えていただけますか。

高橋さん:もともとはTVアニメを全12話収録して、私自身「走りきった」という気持ちがあったんです。しかし同じタイミングで最終回を迎えた久米田先生の原作が違ったエンディングを描いていて、「どういうこと!?」と驚かされたのが1年前の話です(笑)。その後、今回の劇場編集版の話をいただいて、あらためて原作のエンディングをアニメとして描けるんだと聞き、本当に幸せを感じました。

――姫を演じるにあたって、原作も読んだと思います。そちらの印象はいかがでしたか?

高橋さん:最初に読んだのはオーディションのタイミングでした。その時から姫役のオーディションを受けることは決まっていたので、読むのもなんとなく姫目線で物語を追っていました。そのせいもあって、ギャグ作品であることに気づくのがちょっと遅かったかも(笑)。シリアスなストーリーながら温かいエピソードもあって、その中にブラックなネタも見え隠れして。ブラックなネタでようやく「そういえば久米田先生の作品だった!」と思い出すような感覚がありました。

――久米田さんはブラックなネタを忍び込ますのが上手い方ですからね(笑)。原作のエンディングを読んだときは、姫を演じた身としてどう感じましたか?

高橋さん:まずは「演じたい!」と思いました(笑)。TVアニメは本当に満足のいく作品になったと思いますが、だからこそ、アフターエピソードまで演じてみたい気持ちも強かったです。そしてなにより、そう思わせてくれる久米田先生はすごいですよね。

――久米田さんといえば、『かくしごと』以外にも『さよなら絶望先生』など代表作が多くあります。過去の作品に対してはどんな印象がありますか?

高橋さん:『さよなら絶望先生』はアニメをチェックしていました! アニメを第3期まで見終わってしばらくした頃、「原作の終わり方に、なにやら秘密があるらしいぞ」という話を聞いて、そこからコミックも調べてみたら「えっ!?」と声が出るくらいの驚きがありました。今思い返してみると、ブラックネタの中に突然シリアスな展開を持ってくるのは、久米田先生らしさだったのか……。

――『かくしごと』の原作を読んだとき、姫に対する第一印象はどんなものでしたか?

高橋さん:飯盒炊飯をするとき、クラスの男の子からお母さんのことを聞かれるシーンがあり、そのときの振る舞いがとても印象的でした。いろいろなことを察することができて、なおかつ子供らしい振る舞いができる子なんだなと思ったのが最初の印象です。

――確かに、細かいところにまで思いを巡らせる子ですよね。

高橋さん:だけど「頭がいい」の一言でくくるのも違かったんですよね。ときどき思いも寄らない発言をしたり(笑)。今では、彼女には彼女の世界観があって、その中で物事を考えているのかなと感じています。

――原作コミックからアニメになるうえで、声優のボイスが付くのは大きな変化だと思います。声が付くことで印象が変わったキャラクターはいましたか?

高橋さん:声で印象が変わったというと…ロクですね(笑)。特に姫はロクと絡む場面が多くて、収録のたびにグッと笑いをこらえていました。だけど姫が18歳になると、ロクの声もくたびれた感じになって、「ずっと姫のそばにいてくれたんだな」と、涙が出そうになる瞬間でもあるんです。

――劇場版で実際に追加されたシーンを見ての感想はいかがでしたか?

高橋さん:テレビシリーズだとイメージが沸かなかった部分、例えば「箱をどうして残し始めたのか」とか、お母さん関係で気になるところがいくつか残っていたのですが、一本の映像として見ることでそれがすっきり解消されました。

――TVアニメの部分も編集され、新たな装いになっていますよね。

高橋さん:全部で12話あった物語をまとめて見れるのは新鮮でしたし、「編集してくれてありがとう」という気持ちでした(笑)。『かくしごと』の重要なエピソードを、公式が直々に選んでくれているわけですからね。
通して見ることで新しい見え方があると思うので、TVアニメを見た方でも楽しめると思います。逆に、この作品から『かくしごと』を知る方にはどう映るかも気になります。

――アニメでは10歳と18歳の姫を演じていますが、高橋さん自身は姫をどんな女の子だと捉えていますか?

高橋さん:最初に読者として『かくしごと』を読んだときは、姫は頭のいい子だと思ったんです。お母さんがいないこと、お父さんの仕事がわからないことを、あえて触れないようにしているのかなと。ですが演じれば演じるほど、そもそも考える選択肢を持っていないのかもな、と思うようになりました。

「お母さんはどこ?」と考える選択肢がそもそもなくて、「私は今お父さんと暮らしているよ」と自分なりの答えにたどり着いているし、「お父さんの仕事は?」という疑問も「働いてる」だけで十分。私たちが抱く疑問や選択肢を持ち合わせていなくて、それが姫の魅力なんじゃないかと思います。

――「裏庭からお父さんが帰ってきたらなにかあったとき」とか、観察力のある子でもありますよね。

高橋さん:感性が独特で、鋭いのは間違いないですよね。ひょっとしたらお母さんから受け継いだものかもしれないし、いろいろ考える余地があるのかなと思います。私自身も演じていて、「姫はこんなキャラクターだ」と決めつけないようにしていました。

――実際に演じる際は、どのような役作りを意識しましたか?

高橋さん:監督からは「なにを考えているのか、分からないようにしたい」と言われていました。姫のふとした一言にお父さんが振り回されるのですが、それって実は姫が深く考えた一言ではなかったり。でもそれって、演じる身としては具体的にどんな気持ちで発する言葉だったのか理解しておきたくて、Aパートで話す言葉は特に苦労しました。

――姫なりの答えが見つかるBパートより、疑問を投げかけるAパートの方が難しかったんですね。

高橋さん:そうですね。例えば楽しかったり、嬉しかったりするシーンでも、「なんで楽しそうなんだ?」と私も振り回されてしまって(笑)。どういったニュアンスで話せばいいか悩んでいたら、神谷さんから「説明できない感情もある」とアドバイスをいただいたんです。「なんか嬉しい」「なんか楽しい」といった「なんか」という感情は確実にあるんじゃないかと、ハッと気付かせてもらって。それまではなんとない感情で台詞を言う事に苦しんでいたのですが、すごく気楽になれました。

――10歳の姫と18歳の姫、演じ方の違いという点ではどんなところを意識しましたか?

高橋さん:スタッフの方に言われたのは、「18歳の姫は少し物悲しく」ということでした。10歳の姫の場合は、自然な子供らしさを意識しました。「萌え」の演技ではなく、子供を見守るときの愛おしさが生まれるような、そんな演技を目指しました。

――一言で「自然な子供らしさ」といっても、実際に演じるのは難しかったのでは?

高橋さん:そうなんです。だから収録のとき、無意識に媚びた演技をしてしまったときは自己申告で「すいません、媚びました」と告白して、もう一回撮り直してもらったりもしました(笑)。
セリフを見れば、「ここはきっと姫がかわいい場面だな」と分かりますけど、あえてそれは意識せず、むしろ邪念として取り払って、無垢で無邪気な姫になるよう心がけました。

――劇場版では姫役だけでなく、ナレーションも担当していますよね。

高橋さん:新録するナレーションは最初、18歳の姫かなと思っていたんです。すると監督から「これは19歳の姫です」と言われて。18歳の姫は瞳にハイライトが入っていなくて、対して19歳になると瞳に輝きがある印象で、ちょっとだけ明るい喋り方になっています。18歳のときに起こった親子の出来事を乗り越えた姫が、今回のナレーションなんです。

――たった1歳の差ではあるものの、演技の上では結構な違いがあったと。

高橋さん:最終回に起こった出来事は姫にとって本当に大きなものだったはずですし、たった1年とはいえ、姫はとても変わったし、戻ったんだと思います。今回のティザービジュアルで描かれた姫の穏やかな表情を見たときも、「きっとこれは明るく語れるストーリーなんだ」と直感で分かりました。

――アフレコの雰囲気はいかがでしたか?

高橋さん:新録の部分はスケジュールの合う人が集まって進めていきました。私の場合、ナレーションは1人での収録でしたが、鎌倉で箱を開け、思い出がプレイバックするシーンは神谷さんと一緒に収録させていただきました。『かくしごと』の収録自体が久しぶりなのもあって、とても嬉しかったですね。

――終盤の親子の会話を筆頭に、感情を揺さぶるシーンも数多くあります。高橋さん自身は収録中に感動した瞬間はありましたか?

高橋さん:最終回のアフレコ用の資料をいただいて、それを読んだときは大号泣してしまいました(笑)。特に胸を締め付けられたのは、やはりお父さんの一挙手一投足。それまでの思い出が苦しいほどに蘇るし、姫も丁寧な言葉づかいになってしまったり、いろんな思いが交錯するシーンでしたね。

――キャラクター同士の会話劇で印象的だったものは?

高橋さん:目黒川探偵事務所のみんなとは、1話からガッツリと掛け合いがあって、それぞれの性格が分かるのが印象的でした。中でも1人ずつメンバーを紹介するカットが可愛くて。そこでは全員が一言ずつ「ウフッ」とか「アハッ」といった息を入れるんですけど、あの息芝居で自分が演じるのはどんなキャラクターで、どんなポジションなのかがはっきりとした気がします。

――姫とお父さん、あるいは姫と友達など、会話の相手によって話し方に変化を加えることはありましたか?

高橋さん:それはありませんでした。お父さんは漫画家の顔と、父親の顔の2種類を持っていますが、二面性を持ったお父さんを前にしても、あくまで姫は姫というか。収録している当時は意識していませんでしたが、2つの顔を持つ父親と、裏表のない娘のいい対比になっていたかもしれません。

――お父さんの後藤可久士を演じた神谷さんと言えば『さよなら絶望先生』をはじめ、久米田先生の作品に数多く出演しています。そんな神谷さんの演技を見ての感想はいかがでしたか?

高橋さん:演技というか、演技するにあたって、みたいな事なのですが。TVアニメのときは全員がスタジオに入っての収録で、一列に並んだ4本のマイクの左から2番目が神谷さん、その隣に私がよく入っていて。神谷さんは、私が左右どちらに立つかによって台本を持つ手を変えてくださったり、常に芝居がしやすいよう細かな心配りをしてくださっていました。本当に頼もしくてかっこいい座長です。

――神谷さんの演技を見て、「久米田作品のことを分かってるな」と感心した瞬間はありましたか?

高橋さん:正確にはあとから気付いたのですが、久米田作品が持つボケとツッコミのテンポ感や、ナレーションの口調などを最初から意識的にされていたそうで。収録中はこれが漫画家・後藤可久士先生という人物らしさだと感じていたのですが、あの節回しは、久米田作品としての技術の結晶でもあったんだなと驚きました。

『かくしごと』は今でも新しい発見がたくさんあって、出演した皆さんのインタビュー記事が出るたびにチェックしてしまいます(笑)。「あのときの現場はこういうやり取りだったんだ!」と尊敬するばかりです。

――タイトルにもある通り、この作品は「隠しごと」が大きなキーワードになっています。高橋さんは作品を通して、「隠しごと」に対する印象の変化はありましたか?

高橋さん:「隠しごと」って、大人になることと同じ意味なのかなと思いました。子供のころは伝えたいことを100伝えようとする方法しかできませんでしたが、大人になるとあえて50くらいに抑えることで相手の心に届いたり。隠すべきところは隠す、隠し方が上手になるのは、大人の条件なのかなと感じ始めています。

――TVアニメから劇場版まで、『かくしごと』とは1年以上関わってきたことになりますが、ここまでの道のりを振り返っての感想をお願いします。

高橋さん:原作もアニメも、こうしてしっかり完結できたこと、改めて凄いことだなと幸せを噛みしめています。しかも今回劇場で、演じたかったシーンも叶いました。原作もTVアニメも劇場編集版も、それぞれ最高の終わり方だという自信もあり、今は走り切った達成感でいっぱいです。みなさんもぜひ劇場で、『かくしごと』の集大成を見届けてください!

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©久米田康治・講談社/劇場編集版かくしごと製作委員会