『邪神ちゃんドロップキック’』佐藤光総監督インタビュー。悪魔と天使のコメディはいかにして生まれたのか、その過程と原点に迫る

TVアニメ

2020年4月から放送、同時にAmazon prime videoでの配信も行われたアニメ『邪神ちゃんドロップキック’』。
本作は神保町のボロアパートに暮らす厨二病の女子大生・花園ゆりねと、彼女が召喚した邪神ちゃん、さらには悪魔と天使も入り乱れるコメディ作品だ。

ユキヲ氏によるコミックを原作としており、2018年にはTVアニメ第1期、そして今回の第2期、さらには千歳市のふるさと納税から生まれた「千歳編」と、アニメだけでも実に多彩な展開を見せている。

今回は、そんな『邪神ちゃんドロップキック』シリーズに常に中心人物として携わってきた佐藤光氏にインタビューを行った。監督、あるいは総監督という立場か同シリーズをいかにして作り上げたのか、そして切れ味鋭いギャグセンスの原点とは、いろいろな質問をぶつけてきた。

1期の経験があったから描けた、邪神ちゃんとゆりねの絶対的な関係

――佐藤監督が『邪神ちゃんドロップキック』シリーズに携わることになった経緯から教えてもらえますか?

最初まで振り返ると、他の作品に関わる予定だったのですが、その企画が動かなかったんです。企画が動かず、スケジュールが空いているタイミングで『邪神ちゃんドロップキック』の話が舞い込んできて、「じゃあこちらをやろう」と決めたのがそもそものきっかけです。
『邪神ちゃんドロップキック』は原作からしてギャグ物で、以前監督として制作した『帰宅部活動記録』の経験もあり、やりやすいかなということで引き受けました。

――原作に対してはどのような印象をお持ちでしたか?

監督に決まってから読ませていただいて、まず印象に残ったのはゆりねのゴスロリ衣装でした。邪神ちゃんももちろんインパクトがあったのですが、ノーマッドさんがかつて制作した『ローゼンメイデン』っぽさもあるなと感じて、そこはアニメで動かしたら面白そうだと思いました。

――やはり原作を読むときは、アニメにしやすそう、難しそうという視点でも見ていくんですね。

そうですね。この作品の場合はめちゃくちゃ血が出てくるので、難しそうだなとも思いましたね(笑)。

――スタッフクレジットを見てみると、1期では監督、2期では総監督となっていますが、作業に変化はあったのでしょうか。

総監督になってやることが減りましたね(笑)。1期ではすべてやっていたものが、2期では本編チェックを監督の矢野さんにお願いして、私は絵コンテやアフレコのチェックという形で、分担作業になりました。矢野さんは私が思い描いていたものを忠実にアウトプットしてくれるので、結果的には作業量を減らしつつ、1期と変わらないものを作れたと思います。

――原作者のユキヲさんからは、アニメ化に際してなにかディレクションはあったのでしょうか。

そういうのは特になく、自由に作らせていただきました。絵コンテをお見せしたときもとても喜んでもらいましたし。なにより、『邪神ちゃんドロップキック』は原作の時点でやりたいこと、見せたいことが詰まっていたんです。自由だから逆に困るということもほとんどありませんでした。

――佐藤監督の発想も存分に活かせたと。

そうですね。ひとつだけ困ったのは、やはり血の表現をどうするかでした。絵に声と音楽が付いたとしても、血によって辛い映像になってしまいかねません。血が吹き出す部分がヒトデになったりしたのは、悩んでいるところから生まれたアイディアでした。

――このシリーズを見ていて気になったのは、邪神ちゃんとゆりねの関係性でした。だれが見ても仲が良いのに、それを明文化せず、やり取りや雰囲気だけで表現しているじゃないですか。

もちろん原作がそうだから、というのもあるんですけど、自分としても2人の関係は絶対的で、揺るがないものなんです。絵コンテを描いているときも、どうやったら2人の絆を表現できるかを念頭に置いていました。話が進み、仲が良くなればなるほどゆりねが邪神ちゃんを折檻するのが難しくなり、理由付けをするのが大変でしたけど(笑)

――第2期だと、8話でゆりねが邪神ちゃんのために悪魔のコスプレをするエピソードが印象的でした。

あのエピソードは原作の複数の話を組み合わせていて、それは1期でもあったんです。確か1期の7話だったと思いますけど、それが自分でもかなり気に入っていて、またできないかなと思ったところからスタートしました。
1期のときは邪神ちゃんとメデューサの仲の良さを描いて、2期では邪神ちゃんとゆりねのコンビにやってもらった…そういう意味では、1期のときの経験が活きたエピソードと言えるかもしれません。

――第2期の『邪神ちゃんドロップキック’』だと、邪神ちゃんやゆりねだけでなく、ぺこらやぽぽろん、ぴのといった天使側のキャラクターにもスポットライトがあたっている印象でした。

彼女たちを描く上では、どうやってキャラクターの個性が被らないようにするかがポイントでした。例えばぽぽろんとぴのは、どちらもちょっと毒のある発言をしますけど、その方向性の違いをどう表現するか、というのは気を使っていました。

――あくまでも全員出した上で、個性を見せていくと。

そうですね。原作に登場するキャラクターは可能な限り万遍なくアニメにも出したいのが私の考えで、それは脚本の筆安さん(筆安一幸氏)にもお願いしていたところでした。自分がコンテ作業をしているときも、「このエピソードにはこのキャラクターが出てこない」みたいなことが極力起きないように気を使っていました。

――第2期だとぽぽろんの微妙な心情の変化も多く描かれていたと思います。9話でぺこらに代わって路上ライブをしたシーンとか。

あのエピソードに関しては筆安さんの脚本の時点であったものですけど、描けたことには満足しています。ぽぽろんは1期のころはツンツンしていて、あまりみんなと仲良くならないキャラクターだったと思うんです。アニメは原作をシャッフルして使っているので、どのタイミングで仲良くなったのかが分かりづらい側面もあります。その中で明確にぽぽろんの内心を描けたのはよかったです。

――千歳編については、普段の神保町とは違った土地が舞台でしたが、実際に制作してみていかがでしたか?

ふるさと納税から制作が決まるという業界的にも初めての試みで、プレッシャーもありましたよ。「気合い入れて作らなきゃいけないな」って(笑)。
『邪神ちゃん』のアニメはオリジナルエピソードが少ない中、千歳編だけは一から作る必要がありました。また千歳市の見せたいものもたくさんあって、どこからどこまで見せられるかという問題もありました。もちろん見せたいものがあるのは、ないよりもはるかに良いことですけど。

――千歳市のどこを見せていくかの取捨選択もあったのですか?

ありましたね。24分間の中に可能な限り詰め込んだのですが、それでも切らざるを得ないところのほうが多かったくらいです。絵コンテの段階で5分くらいオーバーしてましたから。千歳編自体は満足のいくクオリティになった反面、まだまだやりたいという思いもあります。

――一方で、普段の舞台である神保町についてはどのような印象を持っていますか?

神保町って、そこに住んでいる人にとって特別な町だと思うんです。カレーに対する愛とかも、取材に行っただけでは分からない力があるというか。自分がかつて演出として参加した『食戟のソーマ』の米たに監督(米たにヨシトモ氏)はかなりのカレーマニアで、神保町のカレー屋さんを全部回ってるくらいの人なんです。当時はピンとこなかったんですけど、実際に足を運んで、カレーの町と言われる理由が分かりましたね。

――ちなみに、佐藤さんをはじめとした制作陣が特にこだわりを持ったエピソードはあるのでしょうか。

先程の話にもあった2期の8話とかはそのひとつですね。感覚的な話ですけど、中盤から終盤に差し掛かるくらいの話数で、私の頑張りたい気持ちがピークになるというか…。これは『邪神ちゃん』に限らず、かつて手掛けた『帰宅部』もそうでした。ひょっとしたら、無意識の内にシナリオのピークをそのあたりに持ってきているから、というのもあるかもしれません。

――第2期ではAmazonプライムビデオで全話をまとめて配信するという、シリーズとしては初めての試みもありました。制作現場として、スケジュール面の苦労はありませんでしたか?

私の筆が遅いせいで、迷惑をかけてしまった部分もあります(笑)。しかし1話が完成したらすぐに納品するTVアニメと違って、ネット配信は納品までに余裕があるんです。そのため完成後もさらに修正することが可能で、助かったことも多かったです。それはそれで直したいところがどんどん出てきて大変で、忙しさの方向性がTVアニメとは少し違った印象でした。

今後はいろんなジャンルに挑戦したい、もちろん『邪神ちゃん』も

――これまで『帰宅部』や『邪神ちゃん』を手掛けてきましたが、そもそも創作活動することになった経緯や、影響を受けた作品となるとなにになるんでしょう。

いろいろあったはずなんですけど、特定の作品を選ぶとなると難しいですね。この仕事を始めてからだと、演出を担当した『バクマン。』はキャリアの中だと初期の作品で、印象に残っています。作中の登場人物が成長する姿に自分をダブらせることもあったり、『バクマン。』に育ててもらったと言えるかもしれません。

――『邪神ちゃん』をはじめコメディ作品が多い印象ですが、ご自身にとっても得意ジャンルという認識があるのですか?

いや、昔はそんな感覚はまったくありませんでした。2012年に絵コンテで参加した『しろくまカフェ』でようやく触れたくらいでした。以前は『バクマン。』のような少年漫画が自分の得意ジャンルという認識でしたね。

――では、『帰宅部』でいきなり挑戦してみた感覚だったと。

いきなりとはいっても、『しろくまカフェ』でギャグのやり方は勉強できていました。「こうすればギャグになるのか」というノウハウがあって、その積み重ねが『帰宅部』であり、『邪神ちゃん』につながったのだと思います。

――初監督作品になった『帰宅部』の制作当時はどんな心境でしたか。

とにかく緊張していたことだけは覚えています(笑)。原作からしてギャグのキレが強烈な作品なので、ギャグをどうやって立たせるかだけを考えていました。緊張したけど、作っていて楽しかったのも間違いないです。

――『帰宅部』『邪神ちゃん』を続けて制作してきたノーマッドさんにはどんな印象をお持ちですか?

もう10年近い付き合いで、最初はこんなに長く一緒にアニメを作れるとは思っていませんでしたから、感慨深いものがあります。こちらの要望にも応えてくれるし、スケジュールが詰まっていても、無理だと言いつつ聞いてくれますから。

――佐藤さん自身には、今後の目標などはあるのでしょうか。

できるならいろんなジャンルに挑戦してみたいですよ。少年漫画ものだってシリアスだって、やりがいのあるジャンルだと思います。そしてもちろん『邪神ちゃん』も、続くのであれば関わっていきたいです。『邪神ちゃん』は愛着もあるし、振り返ると1期のころから漠然と「続けたいな」くらいには思っていました。その気持ちは今も変わっていないです。

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