『神在月のこども』初監督を務める白井孝奈氏にインタビュー 見せたかったのは日本が持つ渋い色合いと、少女の成長物語

インタビュー

10月8日(金)全国公開を予定している『神在月のこども』。本作は、母を亡くし、大好きだった“走ること”と向き合えなくなった少女カンナが、一羽の兎(シロ)と一人の少年(夜叉)と出会い、出雲への旅へ出るロードムービーだ。

今回、本作で初監督を務めることになった白井孝奈氏にインタビューを実施。白井氏は9年前に産学連携企画「STUDIO4℃×京都精華大」に学生として参加すると、これまで『おおかみこどもの雨と雪』『かぐや姫の物語』『ハーモニー』などの作品に作画として携わってきた。すでに多くの作品を経験してきたとはいえ、いきなりの映画監督というのは、異例の抜擢と言っていいだろう。そんな同氏が、本作にどう向き合ってきたのかを伺った。

決して派手すぎず、難しすぎない日本の文化を描きたかった

――白井監督は『神在月のこども』に原案から参加したとのことですが、どんな経緯があったのでしょう。

『神在月のこども』はcretica universalという、今までアニメ映画を制作したことのない会社が立ち上げた企画でした。会社としては今まで広告関連の仕事がメインで、地域とのコミュニケーションを生み出すクリエイティブを制作したんです。
私自身、かつてcretica universalが企画した「STUDIO4℃×京都精華大」に参加したことがあり、『神在月のこども』の原作を務める四戸さん(原作・コミュニケーション監督の四戸俊成氏)ともご縁があったので、声をかけていただきました。

ただ、最初に声をかけていただいたタイミングでは監督をやるとは思っていませんでした。私が参加した段階で「日本の魅力を伝えたい」というコンセプトがあり、実際にある場所、伝承を活かすことだけが決まっていました。
脚本が仕上がり、実際に動き出す時期になり、企画の初期段階から参加して、どんな思いが詰まっているかを知っている人が適任だろうと話が進んでいったのです。

――これまでもアニメーターとして活躍されてきたと思いますが、監督を務めるのは初めてのことですよね。

監督どころか演出の経験もなかったので、そこは周りに経験のある方々がついてもらうことで、思い描くものを実現していきました。

――確かにスタッフの一覧を見ても錚々たるメンバーですよね。そういったスタッフとのやり取りはいかがでしたか?

みなさん本当に協力的で、助かったことばかりです。特に心に残っているのは色彩設計の垣田由紀子さんや、美術監督の佐藤豪志さん。初期のころ、発注の仕方が分かっていない私に対してとても親切にしてくれて、どんなものを描きたいのか汲み取ってもらいました。

――『神在月のこども』は出雲地方が舞台になっていますが、どんな魅力があると考えていますか?

パッとイメージする地方の神社というと、朱色の鳥居や華やかな内装を思い浮かべますが、実際にロケハンで伺ってみると渋い色合いなんです。また、神迎祭というお祭りは神様のための神事であり、屋台で賑わうイメージとは大きく違っていました。決して派手すぎない色彩は、ぜひ作品にも反映させようと思いました。

もうひとつは湿度感です。作中は秋が舞台であり、作中では雨が降っているシーンも多いのです。。なので、鮮やかな大自然と同時に、ジメッとした空気も盛り込んでいます。

――公式サイトのプロフィールを見ると、監督ご自身も島根県にルーツがあるとのことですが。

祖母が島根出身ではあるものの、出雲とはあまり縁がありませんでした。むしろロケハンで初めて知った魅力、風景が多く、原風景というより、新たな発見をアニメに盛り込めたらと考えました。

――ストーリー面ではどのような点に注目してもらいたいですか?

この作品はモチーフとして日本の神様という大きな存在を扱っていますが、ストーリー自体は小学生の女の子に起こる心の葛藤がメインになっています。彼女が葛藤を乗り越え、前を向く姿勢を感じ取ってもらえると嬉しいです。

――作中には神様も出てきますが、あくまでも人間の成長物語であると。

制作現場で話していたのは、日本の文化は舞台装置であり、成長の物語は軸として通していきたい、ということです。決して難しい話にしたくはなかったですし、むしろ本作で神仏の文化を知るきっかけになってくれればと考えています。複雑な知識ではなく、あくまでも人のドラマがメインなんです。

――出演声優についてはどのように決めていきましたか?

今回オーディションはまったく行わず、こちらからオファーを出していきました。コンセプトとしては神様の声を声優さん、人間のキャラクターは俳優さんにお願いしました。人間の生の姿をドラマとして表現するには、実写で活躍する俳優さんが適任だと考え、また人の目には見えないファンタジーな存在は、声優さんのほうが実際にあるものとして演じていただけると考えたからです。

――オーディションをしなかったということは、スタッフの方々にはどんな声がいいか、明確なビジョンあったということですね。

そうですね。例えば主人公のカンナであれば意思の強さを第一に表現したく、蒔田さん(蒔田彩珠)の声はピッタリだと感じました。蒔田さんの芯があり、聞いてすぐに適任だと思いました。

――白井監督ご自身のことについてもお聞かせください。まず、アニメの制作を目指すことになった理由は?

今回はかなり特殊で、さまざまなステップを飛ばして監督を務めさせてもらったとは思います。作品に参加したときは、私が監督をするとは夢にも思っていませんでした。とはいえ、子供のころからアニメが好きで、「自分が好きになれるアニメを、自分で作ってみたい」という夢もありました。

――影響を受けた作品はありますか?

子供のころは海外の作品、特にディズニーアニメが好きで、アニメーターを目指すきっかけでもありました。ディズニーの中でも『アトランティス』が大好きで、ひと目見たときから「こんな作品を作れる人になろう」と思ったんです。
また、『ボルト』も大好きなアニメの一つです。こちらは主人公の犬が旅をして成長する物語で、直接の影響があったわけではありませんが、『神在月のこども』を制作するに当たって刺激を受けましたね。

――初めての作品が世に出ようとしている今のお気持ちはいかがですか。

作品が完成してホッとしている思いと、どう受け入れられるか分からない緊張感の両方があります。監督としての経験がない中での作業だったこともありますし、コロナ禍で手探りの部分もありました。たくさんの困難がありながら完成できたのはスタッフの方々のおかげですし、感謝の気持も伝えたいです。

――監督は学生時代、産学連携企画「STUDIO4℃×京都精華大」にも参加していますよね。それから監督になるまでの9年間を振り返ってみていかがですか。

自分は一体どんなアニメを作れるのか、葛藤を繰り返す日々でした。いきなりのジャンプアップで、このタイミングで監督を経験することになるなんて、まったく想像していませんでした。驚きというより、もはや不思議な気持ちですね(笑)

――アニメ監督として、今後の目標があれば教えてください。

『神在月のこども』は、たくさんの方に助けていただきながら完成できた作品です。今後また監督を務める機会があれば、みなさんから授かった知識、技術、そして経験を活かして、良いものを作れたらと思います。
アニメ監督って、誰でもチャレンジできることではないと思うんです。『神在月のこども』で手に入れたものは、無駄にはしたくないですし、今後もご縁とチャンスを無駄にしない人間でいたいです。

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