作品にはリアル、宮森あおいにはファンタジーが宿る―『劇場版 SHIROBAKO』プロデュースを担うインフィニット・永谷敬之氏にインタビュー

劇場版

2020年2月29日、『劇場版 SHIROBAKO』が公開を迎えた。TVアニメ以来約5年ぶりの新作となる劇場版では、主人公の宮森あおいたち武蔵野アニメーション(ムサニ)メンバーが劇場用アニメーションの制作に挑む物語が展開する。

もともと本シリーズは、現実のアニメーション業界における日常、実情、実態をときにリアルに、ときにコミカルに描く作品だ。フィクションとノンフィクション、リアルとファンタジーを併せ持つ作品と言ってもいい。

当事者であれば胃が痛くなるようなトラブルの数々を、なぜTVアニメ、劇場版と2度に渡り描こうと考えたのか。そして制作する当事者は『SHIROBAKO』のリアルと、ファンタジーを宿したのか…。今回、『劇場版 SHIROBAKO』のプロデュースを担当したインフィニット代表・永谷敬之氏へのインタビューでは、そんな質問をぶつけてきた。

描きたいテーマが見つかったから、劇場版を作った

――本日はよろしく願いします。ついに公開された『劇場版 SHIROBAKO』ですけど、TVアニメの放送が終わってからかなり時間が空いてからの展開になりましたね。

永谷氏:TVアニメが4、5年前のことですからね。企画を立ち上げたころは7年ほど前までさかのぼります。

――そのくらいになりますよね。少なからず期間が空いた『SHIROBAKO』の劇場版を作ることになった経緯から教えてもらえますか。

永谷氏:今でこそ年間に制作されるTVアニメの本数はピークを過ぎたと思いますが、当時はTVアニメがピークを迎えた時期で、だからこそ『SHIROBAKO』はTVアニメを作ることに重きを置いた作品になりました。そこで気付いたのは、ファンの方々を始めとした業界外にいる人たちが、アニメの作り方をあまり知らないな、ということでした。企画を立ち上げた当初は良くも悪くも内輪ネタにならないかな、と心配もしていたのですが、蓋を開けてみたら、中の人たちには「胃が痛い」と言われつつ、外の人たちからは「アニメ作りってこんな感じなのか」と新鮮な驚きの声をいただいたんです。

ただ、『SHIROBAKO』はあくまでも平成の、あの時代のアニメ制作を切り取っただけであって、日進月歩で進化を続けるアニメ業界のすべてを描いているわけではないと。当時の『SHIROBAKO』とは別に、最新のアニメ制作現場を描いてみたいとは常々思っていたんです。その一方で、「ただ人気だから続編を作りましょう」という考えで作りたくない気持ちもありました。私たち現場の人間が「これを描かなければいけない」と思えるものが現れたときに企画をテーブルに乗せましょう、と考えていました。

――結果的にこうして劇場版が制作されたわけで、描きたいものは見つかったと。

永谷氏:それが私の中では「劇場アニメを作る」というテーマでした。マーケットがなんとなく劇場版に推移していた時期でもあり、同時に私自身も「劇場アニメの制作を表現したらどうなるんだろう」と興味が湧いたのもあります。しかし、なんでもかんでも作ればいいわけではありません。TVアニメ版では24話をかけてアニメを作る難しさ、スタッフの苦悩を描きましたけど、今回は2時間程度の尺に収めなければいけない制約もありました。そこで、劇場版を作ることにかけるスタッフってどういうものなんだろう、という観点に重きを置くことにしたのです。

TVアニメは1話放送されるごとに視聴者からの声が届くのに対して、劇場版は一発勝負のメディアです。公開日に向けてスタッフはどんな情熱を持っているのか、クリエイターがどんな奮闘を見せるのかが焦点になったのです。

――ということは、劇場アニメが多くなったこのタイミングでの公開は必然的な部分もあったのでしょうか。

永谷氏:いや、最終的には偶然のほうが強かったです。第一にTVアニメとスタッフを変えることは一切考えていなくて、そうなると水島努監督とP.A.WORKSさんのスケジュールが噛み合う必要があります。たまたま両者の「ここだったらできる」という時期が重なり実現した側面はあります。

――ちなみに、2時間という尺に物語を収めることに関しては、なにか苦労はありましたか?

永谷氏:ワンクールのTVアニメで描くような脚本を2時間程度に収めようとしたら、当然難しかったと思います。しかし今回に関しては「劇場アニメを作る」というテーマに絞っていたことも合って、そこまでの難しさは感じていませんでした。が、実際は大変なことになりました(笑)。あとはなにより、TVアニメと違って1本納品すれば終わりですから(笑)、ひとつのゴールに向かっていく明確さはありましたし、適した題材でもあったかなと思います。

――作中の時間は現実と同じように、4年の歳月が流れていますよね。この時間の経過をどのように描こうと考えていたのですか?

永谷氏:アニメって、どんなに短くても2年程度の期間は必要です。そう考えると、TVアニメ版から1年くらいしか経っていないと、変わっていないことも多いと思ったんです。TVアニメのラストでは『ツーピース』『限界集落過疎娘』の企画が始まったと言っているんですけど、それも完成していないだろうと(笑)。いくつかの作品を経験して、それが彼らにどんな影響を与えたかを見せるためにも4年程度の月日は必要だと考えていました。加えて、4・5年でこんなに変わるのか、という人もいるわけです。特にあおいに関しては、たくさんのスタジオの人たちが「明日は我が身」と思うようなシチュエーションになっていて、そんな彼女を描くためにもある程度時間を空ける必要があったのです。

――それに合わせて、キャストの演技が変わることはあったのでしょうか。

永谷氏:メインの5人に関しては、TVアニメの当時はキャリア的にも若手と言える時期で、特にあおい役の木村珠莉さんはテレビのレギュラーがほぼ初めてという状況でした、そんな彼女たちがリアルでも5年間の経験を積み、成長を感じることができました。このあたりは作中のキャラクターが過ごしてきた時間に説得力を与えていると思います。

――劇場版では宮井楓という新キャラクターも登場しますが、どういった意図で投入することになったのでしょう。

永谷氏:彼女が担っている役割は明確にあって、メーカープロデューサーの葛城とラインプロデューサーのナベPがムサニの仕事を決めているわけですけど、彼らとあおいは二回りくらい年が離れているんですよ。年が離れているからビジネスパートナーとして成立しないとは言いませんが、このままだとあおいが頼れる相手がいないのも事実です。そこで生まれたのが宮井楓なんです。彼女がいるおかげで葛城・ナベPの次世代を担うラインも同時に生まれたといっていいですね。

宮森あおいの存在はファンタジーであり、私たちの願望

――『SHIROBAKO』はアニメ制作のリアルとファンタジーの双方が絡み合いながら生まれた作品だと思います。永谷さんにとっては、本作のどういったところにリアルが宿っていると考えていますか?

永谷氏:それはもう作中で起こるアクシデントの数々ですよね。TVアニメの第1話で太郎が「なんでこのカット色が付いてないの」と指摘されて、「上がる予定もございません」と開き直るんですよ。これって見方によってはアニメならではのコミカルな表現かなと思われるんですけど、実際にあるんです。これに限らず、どんなに優秀な現場でもアクシデントのひとつやふたつは必ずあります。そして僕たちは、そんなアクシデントを抽出しているんです。

――それではファンタジーの部分というと。

永谷氏:私としてはあおいという存在に凝縮されていると思います。どの現場も、みんなあおいみたいな制作進行がほしいと思っていると思います(笑)。

――あぁ(笑)。ではあおいは、非現実的なくらい優秀に描かれていると。

永谷氏:あおいが1人いるだけでスタジオの動きは変わってきますよ。あおい自身物語の前半では矢野に助けられるときがありましたけど、彼女の順応性は非常に制作進行向けで、スキルが存分に発揮される役職だと思いながら私たちは作っていました。彼女のスキルと役職の相性の良さを感じながら作っているから、どんどんファンタジーも盛り盛りになっていって…要するに、現場の願望があおいというキャラクターには詰まっているんです。

――自分の現場にもいてほしいという願望ですか。

永谷氏:それももちろんですけど、あおいのような存在が業界の基準になってほしいという願望もありますね。現実にだって優秀なスタッフはたくさんいます。ただ単に「あおいみたいな子がいなくて残念だね」で終わるのではなく、「あおいみたいな子をどうやって育てればいいんだろう」というところにまで目を向けられるようになれば、あおいを生み出した意義も深まるのかと思っています。業界全体がこうなってほしいという、大げさな表現かもしれませんが偶像崇拝のような存在でもあるんでしょうね。

――ファンタジーの側面といえば、ミムジーとロロの存在もあおいという存在をより際立たせているように感じます。

永谷氏:演出論の話になってきますけど、『SHIROBAKO』はひとり語り、いわゆるモノローグを入れていません。しかしあおいが抱えている悩みや葛藤をすべてセリフで表現すると、それはそれで重すぎるんですよね。それを代弁しているのがミムジーとロロであり、決してファンタジーの側面を象徴しているわけではないんです。最終話で久乃木が見えているようなシーンもありましたけど、あれはあくまでも気のせいで、あくまでもあおいの脳内映像なんです。

今はSNSの発達で誰でも気軽に発言できるようになりましたけど、それでも多くの人が本音を言えてないと思うんです。上手く言語化できていない、とも言えるでしょう。あおいもまたその1人で、私たちにとって理想形であるあおいでも、言葉にできない葛藤があることの象徴なんです。

――言われてみれば、ミムジーとロロが出てくると、あおいが途端に人間味のある姿になっていく気がします。

永谷氏:そうですよね。でも、これはあおいに限った話ではなく、みんな人間臭さのあるキャラクターに仕上げているつもりです。みんな文句を言うし、みんな嫌な顔をする。これは武蔵野アニメーションというスタジオが実際にあって、そこでみんなが実際に働いているつもりで作っているからです。全キャラクターの人間臭さを排除しないのは、最初から決めていたことですらあります。

――ミムジーとロロにも多少つながってくる話ですが、TVアニメの作中には現実離れした演出がいくつかあったと思います。第1話のカーチェイスとか。あれもキャラクターの人間臭さや現実的ななにかを表現する意図があったのでしょうか。

永谷氏:そのあたりはアニメならではのケレン味ですね。カーチェイスは一見激しくドリフトしているように見えても、メーターは時速40km程度しか出てないんです。第2話の会議中に現れたホログラムの映像も、あそこにいた人たちの共通認識が生まれた合図でしかありません。

ノンフィクションではあるものの、How Toモノにするつもりもなく、あくまでエンターテイメントとして見てほしかったからこそ、ケレン味のある演出が生まれることになったのです。

――あおい以外のキャラクター、例えば安原絵麻や坂木しずかはリアルを象徴するキャラクターとも言えるのでは?

永谷氏:特にしずかは現実的な存在だと思います。今も5年前も変わらないのは声優さんになりたい人の分母と、実際になれる分子の数です。変わらないどころか年々厳しくなっているようにも感じます。しずかは決してできない子ではないんですけど、オーディション会場で有名な声優さんと出会って「○○さんも受けるなら無理だ」となってしまうのは、きっと多くの声優さんが経験することだと思うんです。私たちもしずかの人物像を作る上で実際の多くの声優さんに取材したんです。そのおかげもあって、ひとつのリアルを形作れたんだと思います。

――リアルな声優業界の現状もしっかり反映されていると。

永谷氏:はい。その上でなにがリアルかというと、「しずかくらいの実力ですら難しいんだ」ということです。この作品を見て諦めてほしいわけではなく、むしろ諦めない象徴として見てほしいです。誰もが若いころから売れたいと思うでしょうけど、実際には苦しみながら現在のポジションを掴む人のほうが圧倒的に多い。これは声優さんに限らずすべての職業に言えることでしょうけど、努力してなにかを掴み取る象徴なんです。

――アニメ制作の現場に目を向けると、藤堂美沙は分かりやすく壁にぶつかり、苦悩している存在ですよね。

永谷氏:確かに美沙はやりたい仕事ができなくて苦しんでいましたけど、現実でもやりたいことを仕事にできている人のほうが少ないと思うんです。美沙のやりたいことをどう捉えるかは人それぞれだと思っていて、中にはわがままを言っていると見る人だっているはずです。しかし美沙自身は理想を追い求めるピュアな気持ちで取り組んでいて、自分から居場所を作ることの大切さを象徴しているキャラクターです。壁にぶつかるという意味ではリアルな存在ですけど、それだけじゃない。自ら発言するところにもリアルは宿っていると思うし、メッセージのように汲み取ってほしいところでもあります。

――最終的に永谷さんとしては、『SHIROBAKO』はリアルとファンタジー、フィクションとノンフィクションのどちらであると見ているのでしょうか。

永谷氏:ノンフィクションですね。『SHIROBAKO』はエンターテイメントのつもりで作っていても、ノンフィクションのほうが近づいてくるというか…。私たちはエンターテイメントを作る以上お客様にサービスしなければいけない大義名分のもと制作しています。でも、実際に作っていると作中と同じことがリンクして現実でも起こるんです。今現在だと、来週劇場公開なのに完成していないこととか(笑)

※インタビューは2020年2月20日に実施。

今回の劇場版も結局は現実と同じようにトラブルが起きて、それを乗り越えようと奮闘するわけです。特にムサニがピンチに陥る理由には注目してもらいたいです。アニメ業界が持つちょっと緩い部分がよく表れていると思いますし、実際に見てもらえれば「永谷が言ってたのはこういうことだったのか」と分かってくれると思います。劇場版は2時間で物語の起承転結を描かなければいけないので、事件が起こる際はよりショッキングに描かれます。そのショッキングな出来事を、「これは果たしてリアルなのか、ファンタジーなのか」といった視点で見てもらえると、また違った楽しみ方になるかもしれませんね。

公式サイト 公式Twitter
(C)2020 劇場版「SHIROBAKO」製作委員会