『劇場版 ハイスクール・フリート』公開を記念して原案・鈴木貴昭氏にインタビュー! 『はいふり』から劇場版へ、4年に渡る歴史を振り返る

劇場版

1月18日、『劇場版 ハイスクール・フリート』がついに公開となった。本作は“国土水没により海上大国となった日本”という時代背景をベースに、教育艦「晴風」の艦長となった明乃をはじめ、副長の宗谷ましろら、艦で共に過ごす仲間たちを描いた作品。

2016年4月にTVアニメが放送されると、翌2017年にはOVAがリリース。そして2020年には満を持して劇場版の公開と、順調に歩みを進めてきた。同時に、作品の舞台となった横須賀を中心に多彩なイベントを開催、コミックやゲームなどメディアミックスにも積極的だった。とにかく、4年間に渡りファンに愛される一手を打ち続けてきた作品だ。

今回、劇場版公開のタイミングで本作の原案・脚本を手掛ける鈴木貴昭氏にインタビューを実施した。これまでの道のりを振り返ってもらいつつ、なかなか聞く機会のなかった質問を色々とぶつけてきた。

赤道祭は晴風メンバーの団結を深めるために必要だった

――本日はよろしくお願いします。今回のインタビューは劇場版公開という大きな節目のタイミングで、これまでの『はいふり』歩みを振り返っていただきたいのですが…。企画の始まりとなると4年以上前ですよね。

鈴木氏:そうですね。企画の始まりというと当時の制作スタジオだったアイムズさん(プロダクションアイムズ)のプロデューサーから「海ものでなにかできないか」と話を持ちかけられたのがきっかけです。当時私は漫画家の野上武志さんと一緒に『蒼海の世紀』という海洋冒険漫画を制作しており、かなり長い歴史を描く予定だったんです。しかし諸事情により漫画だけになってしまい、ならばその世界観をベースにしつつ、描けなかった部分をアイムズさんの求める内容にアレンジしたんです。

TVアニメ『ハイスクール・フリート』キービジュアル

――そのタイミングだからこそ生まれた企画だったと。企画は最終的にTVアニメという形で公開されましたが、当初鈴木さんが思い描いていたものに近かったのですか?

鈴木氏:いや、全然違いましたね。女の子が船を教室にしている、という点は同じでしたけど、さらにゆるい世界観だったと覚えています。しかしアイムズさんはSF要素を強くしたいと提案され、RATtという設定が生まれ、これが原因で女の子たちが戦うストーリーが生まれてきました。

――メインの舞台である晴風には30人以上のメンバーが乗船しています。これだけの人数に個性をつけていくのも難しかったと思います。

鈴木氏:一緒に脚本を作った岡田さん(岡田邦彦氏)がキャラクターのプロフィールを作ってくれて、それをスタッフとさらに揉んで、どんな性格をしているか、誰と仲がいいかを考え、最適な場所に配置していったのです。その中でまず考えたのは絶対必要なキャラクターの配置、つまり艦橋組の6人ですね。6人の中で「この子と相方になるのはこの子だ」みたいに考えていきました。これだけ人数が多いとセットで出して、セットで覚えてもらいたいんですよ(笑)。

――確かに『はいふり』ってコンビで見られることが多いですけど、それも設定の段階から練られていたことだったんですね。

鈴木氏:ええ。ただ、声優さんの演技によって予想以上のキャラクターになった子も大勢いますココちゃん(納沙幸子)はその典型で、あんな子になるとは思ってもいませんでした。あとはメイタマコンビも、ものすごく想定外な子になったなと(笑)。

――(笑)。しかしそうやってキャラクターが育っていくのは嬉しいことでもあったと思います。

鈴木氏:もちろんです。監督や音響監督も声優さんに引っ張られる形でイメージを膨らませていったみたいです。

――月並みな質問ですが、生み出すのに苦労したキャラクターはいましたか?

鈴木氏:一番苦労したのは明乃(岬明乃)じゃないですかね。物語の中心軸で、明乃のキャラクターがしっかり定まらないとほかの全員もブレてしまうんですよ。でも、明乃って物語の中でよくブレるじゃないですか(笑)。明乃がなにかに迷うシーンは度々出てきますけど、それも含めて軸にならなければいけない、これはとても苦労したポイントです。

――変な言い回しですが、ブレることをブレずに描くというか。

鈴木氏:そうです。ブレてるけど芯の部分だけはブレてない、そのさじ加減ですよね。

――TVアニメで強烈に印象に残っているのが正式タイトルの『ハイスクール・フリート』を伏せて、『はいふり』として発表していたことです。これはどういった狙いがあったのでしょう。

鈴木氏:オリジナルアニメを作る際のテーマとして「初心者に優しく」というのがあります。『ハイスクール・フリート』だと固いイメージが付きかねないのと、「フリート」のところで「海ものだよね」「艦隊ものだよね」となってしまう。中にはそれだけで避ける人もいるでしょうし、柔らかいイメージを付けたい思いもあったので『はいふり』というタイトルにしたんです。

――そして第1話放送のタイミングで正式タイトルの『ハイスクール・フリート』を発表したわけですけど、その当時を振り返っていかがですか?

鈴木氏:まずは…「録画されてない!」って(笑)。

――あー…(笑)。

鈴木氏:タイトルを変えたせいもあって、ハードディスクレコーダーに録画されない事態になってしまって、ファンの方も、家電メーカーの方も混乱していたのを覚えています。私の名前が事前に出ていた時点でミリタリーものだろうと予想する人は多くいましたし、ジャンルやストーリーに関してはすんなりと受け入れてもらえた印象はありますね。

――ストーリーを描く際にはどんなポイントに気を使ったのでしょう。

鈴木氏:基本的にはシリーズ構成の吉田玲子さんがキャラクターをどう見せるかを考えていただいて、私はバトルをどう挟んでいくかを考えました。この2つがいかに上手く噛み合っていくかがポイントでした。バトルの側面に限って言えば、いろいろなところで悩む明乃や周囲のメンバーが戦いの中でなにを身に着けていくか、メンバー内の絆をどうやって深めていくかは特に気を使いました。

――ストーリーの中で言えば、第10話に赤道祭を挟んだことも印象に残っています。これはどういった経緯で誕生したのですか?

鈴木氏:あれもまた吉田さんが赤道祭の存在を知り、「団結を描くために必要だろう」ということで入れることになったのです。第10話といえばもう終盤ですけど、あそこ以外に入れる場所がなかったのは間違いないですね。もっと早いタイミングだと女の子同士の絆が固まっていない状態で、赤道祭を通して団結を深める展開にしなければいけません。また、ストーリーがいきなりトラブルに巻き込まれる形でジャットコースタースタートをしているので、赤道祭を組み込むのは難しい。みんなの絆がある程度固まって、なおかつストーリーも一段落したタイミング、それが第10話だったというわけです。

――確かに、第9話まででひとつバトルが終わって、いよいよ最後の戦いへ、というタイミングでしたね。

鈴木氏:吉田さんがどこになにが必要かを計算し、配分してくれた上手さかなと思いますね。

――鈴木さんとしても、万全の体制で全12話を描ききれたと考えているのですか。

鈴木氏:ひとつ思うのは、いろいろな要素を詰め込みすぎたかも、とは思います。明乃の物語に終止することになり、その反面、他のキャラクターを掘り下げることはできませんでした。とはいえ、それが結果的にOVAにつながったので、今ではこの構成で良かったとも思います。

――キャラクターを掘り下げる観点だと、阿部かなり先生のコミックも重要だったのではないでしょうか。

鈴木氏:もちろんです。初期のころから細かく打ち合わせをして、私たちが見せられなかったキャラクターの細かな性格まで見せてくれました。いつしか打ち合わせなしでも阿部先生のほうでキャラクターを活かしてくれるようになって、非常に安心して見ていられる作品でした。

OVAは「クイズに勝った人が主人公になる」映像特典から生まれた

――お話にあったOVAですが、こちらはどのタイミングで制作することになったのでしょうか。

鈴木氏:OVAはもともと映像特典として制作する予定でした、だから尺はもっと短く、内容も「クイズに勝った人が主人公になる」という身も蓋もないもので、本当にみんなが真剣に勝ちに行く展開でした。ですがアニプレックスさんから、本編の評判がいいということでOVAの打診があった流れです。さらにOVAの評判もよく、今回の劇場版も制作することになりました。

OVA版キービジュアル

――OVAでは晴風の復活も描かれており、その後の展開を見せる意味でも重要だったと思います。

鈴木氏:仰るとおりです。あとはもうひとつ、TVアニメで描ききれなかったキャラクターの個性を掘り下げられたのも大きな成果でしたね。

――駿河留奈が麻雀をしたり、公式設定で描ききれなかったものを意識的に描いている印象がありました。

鈴木氏:一人ひとりのシーンは短めでも、そのキャラクターの好きなもの、得意なものを見せるのは意識していました。あとは学園ものにもかかわらず学園らしいことをしていなかったので、そこも意識したポイントです。ただそうなると今度はファンの方々から「バトルも見たい」という要望が送られてきて…(笑)。劇場版はキャラクターの掘り下げとバトルの両立がテーマにありました。

――OVAや劇場版と進むにつれて、キャラクターやストーリーの描き方に変化はあったのですか?

鈴木氏:描き方のバリエーションは増えたと思います。キャラクターを描くとき、何人かのセットにするのはTVアニメと変わらないのですが、本来のセット以外の組み合わせが考えられたのは大きな違いですね。これはTVアニメを経てキャラクターの個性が固まり、自由に動けるようになった証拠でもあると思います。

――OVAだと幸子が中心になっているおかげで、幸子と航海科とか、これまでにない組み合わせが見られました。

鈴木氏:TVシリーズだとどうしても艦橋メンバー、特に明乃と誰かに終始していましたからね。その点でOVAは、新しい角度を見せられたかと思います

――劇場版を制作するにあたって、新しいテーマ、コンセプトなどは考えたのでしょうか。

鈴木氏:いや、キャラクターの絆を描くという作品全体を通してのメインテーマは今までとまったく変わりません。これに加えてキャラクターの掘り下げとバトルは、ファンのみなさんが見たがっているものを見せようと考えていました。まずは日常パートから新しい絆が生まれ、絆から新しい戦闘が始まっていくのです。

劇場版キービジュアル

――戦闘のパートに関しては、今まで描けなかったことが描けるようになった、というポイントはありますか?

鈴木氏:TVシリーズでは一対一の戦闘がほとんどでしたけど、劇場版ではより大規模な戦闘を見せられるようになりました。大和4隻の揃い踏みは劇場でなければできないことですし、そこはぜひ描きたいなと。あとは大和4隻を出すのであれば、それに見合った強大な敵も出さなければいけません。ファンが見たいものをどうやってストーリーに落とし込んでいくかが課題でもありました。

――キャラクターも新しく登場しますが、こちらを生み出すときにTVアニメのときと同じような苦労はあったのですか?

鈴木氏:劇場版では新たにスーというキャラクターが登場します。彼女はすでに出来上がった世界の中に飛び込んでくるわけで、物語を引っかき回すだけでなく、作品世界をさらに広げてくれる存在でなければならないという悩みどころはありました。性格の面では、あとから入ってきた子が嫌われるのは避けたいので、同様に愛されるためにはどう描いたらいいか、というのもポイントでしたね。

劇場版は明乃、もえか、ましろのプロローグの終わり

――『はいふり』はTVアニメ放送当時から横須賀を中心にファンが参加するイベントが多かった印象を受けました。

鈴木氏:まず大前提として横須賀市が非常に快く『はいふり』を受け入れてくださりました。またファンのみなさんにとっても横須賀という近くて遠い場所というか、実は近いのに心理的距離が遠い場所を訪れるいいきっかけになったのかと思います。施策のひとつひとつを見ていくと私が考えたわけではないので、成功の秘訣を語ることはできません。ただ、結果的にアニメと横須賀とファンがいい関係性を築けたことは間違いないですね。

――結果的に、アニメの外側からアニメの魅力を発信することに成功したと思います。

鈴木氏:若い人たちにミリタリーの楽しさを見せたい、とはアニメの企画が始まった当初からコンセプトとして考えていたことで、それはひとつ成功していると言えます。実際に横須賀に行くと米艦が並んでいて、これだけでも見たこともない景色ですし。

――ここ最近でもはいふりカメラを使ったフォトコンが行われていて、横須賀まで撮影しに行くファンが多かった気がします。

鈴木氏:はいふりカメラはよくできてますよね(笑)。ファンがどこかに行ったり、なにかを食べたりするときにキャラをはめ込めるのは2.5次元の感覚と言うんですかね。私もみなさんと同じように使っていて、非常にいいものだなと思いましたね。しかもそれが無料で、アップデートも行われているんですから。それに加えてファンの方々の熱量を感じ取れたのが、フォトコンで送られてくる写真のクオリティの高さです。私が選出した写真は自分がいつか撮ってみたいと考えていた構図で、「やってくれた人がいたか」と素直に感動しました。

――スマートフォンでの展開だと『艦隊バトルでピンチ!』というゲームもリリースしていて、こちらも鈴木さんが言うキャラクターの掘り下げに一役買っているのかと思います。

鈴木氏:ゲームは岡田さんが頑張ってくれて、私はその監修という役回りですね。TVアニメ放送時のファンの声として、「ほかの艦も見たい」というのは常に多くあり、その一端は叶えられたと思います。晴風以外のクラス、そもそも他の学校、ミーナのような海外組、考えられる艦はたくさんありますからね。ゲームで出したほかの艦の見せ方やフィードバックが、劇場版につながった一面もあります。

――分かりました。では、劇場版について、あらためてどんな点に注目してもらいたいか、教えてください。

鈴木氏:個人的には、大和4隻が登場するシーンは劇場版を制作するにあたって、最初に見せたいと思った部分です。あとは明乃ともえか、ましろの関係性ですね。今までは明乃ともえか、明乃とましろの関係は描かれても、ましろともえかの接点はありませんでした。もえかが、ましろが明乃の副長として相応しいと認識しなければ関係性は先に進みません。これもまた、ひとつの絆の形であり、『はいふり』を展開する上で必要なことだったのです。

――もえかはTVアニメだと、どうしてもウイルスの被害者という役回りで、ほかのキャラクターとの関係性は薄くなりがちでした。

鈴木氏:明乃に助けてもらうお姫様みたいな状態でしたからね(笑)。もえかは本来どれだけすごいか、どれだけ明乃と信頼関係にあるかというのも注目してもらいたいです。

――既存のキャラクター、例えば主計科や航海科といった面々はいかがですか?

鈴木氏:やっぱり今回は全員をまんべんなく出さなければ劇場版の意味がないと思いますし、全員が活躍するよう物語上に配置しています。

――劇場版が公開されたあと、『はいふり』はコンテンツとしてどんな展開を見せていきたいか、展望があればお願いします。

鈴木氏:ファンの方々の声には引き続き応えていきたいですね。世界観の中で言えば「海外組が見たい」という声は根強いので、このあたりから世界に広がりを作れたらと考えています。劇場版は明乃、もえか、ましろの関係が成立するまでの物語であり、これがコンテンツ全体のゴールではありません。むしろ、3人によるプロローグが終わった、くらいの感覚です。劇場版は次へ行くための大切なステップであり、この先を描くためにも、まずは1人でも多くの方に見てもらいたいです。

――ありがとうございました。

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